短編拳銃活劇単行本vol.1

□速やかに、去(い)ね。
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 時計のムーブメント自体が故障しても、電池が切れても効力が失われる訳ではないので腕に撒いている限り問題無い。
「……」
 今し方、シグP230のスライドを引いて初弾を薬室に送り込んだ風祭猛美(かざまつり たけみ)は引き金に指を掛けずに銃口と視線の先を一直線に固定し、拳銃を構える右手首と交差させる様にマグライトを逆手に持った左手の甲側の手首ぴったりと添える様にして一歩踏み出した。
 詰まり、視線の向く方向には常に銃口が向けられ、ライトの照射で視界が確保されていると云う事だ。
 暗所におけるCQB (※「閉鎖的狭空間における近接射撃術」の英単語の頭文字)の基本形だった。
「さて……」
 一言呟いて気合を入れる。
 できればもう一服煙草を吸いたかった。


――――煙草……
――――ま、後でいいか。


 貪欲にニコチンを欲する自分を制する様に説得して裏口のドアを蹴り破った。
 街中に不自然に広がる広大な敷地の中央に有る、それ全体が骨董品の様な瀟洒な造りの古い洋館に彼女は一人で乗り込んだ。
 その彼女の後ろからうだつの上がらない雰囲気をこれでもかと言う程醸し出している三十代前半の男が声を掛ける。
「あ、風祭さん! 待って下さいよ!」


※ ※ ※



 屍狗魂。


 それは人間が呼び寄せた異形の獣。
 その起源は先の大戦に有る。
 第2次世界大戦後期、遣ドイツ潜水艦作戦により辛うじて日本帝国とナチスドイツは交流が有った。
 何度かの交流の末、日本人将校がドイツ人将校より託された技術や物資の中に欧州式魔術を認めた一冊の書物が有った。
 一般的に魔導書と呼ばれる類の書物である。
 1944年8月15日にその魔導書『三核書篇』は日本に上陸した。
 勿論、当初は唯の土産モノ程度の扱いしか受けず、持ち込んだ日本人将校ですら魔導書を本棚に飾っていただけだった。
 だが、それを託したドイツ人将校の願いはその魔術の開放であったのだが、敗戦続きで国政が傾き始めたドイツ国内では貴重な「財産」が焼失してしまうと、ドイツ古代遺産協会(※所謂、オカルト局)は多数の遣外任務を負ったドイツ人将校を通じて世界中に魔導書を分散させて隠蔽した。
 『三核書篇』もその中の一冊だ。
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