短編拳銃活劇単行本vol.1

□切裂く兎
1ページ/36ページ

 何処の誰が何時始めたイベントなのかは解らない。
 唯、尚江頼子(なおえ よりこ)と云う一介の、平凡な、何の変哲も無い、何処にでも居る殺し屋がこのイベントに招かれたのは確かだ。
 参加者の目的は参加者の数だけ存在すると言っても過言ではない。
 賞金3億円。
 たったそれっぽっちの金額を賭けて静寂が広がる筈の今宵も銃声と怒号と末期の叫びでヘドロの様に汚く穢される。
 イベントのシステム自体は簡素極まりない。主催者が指定する【フィールド】で集められた参加者が殺し合うだけ。尻拭いと顛末は主催者が片付けてくれる……司直の手を操る事が出来る権力者が主催者のメンバーに顔を連ねているのだろう。
 尚江頼子もイベントのシステムの構築と運営からして賞金の3億円とは比べ物に成らない金額が右に左に動く仕組みである事は察した。簡単に人の命が掻き消えても翌日には行方不明か無縁仏として片付けられる死体と成って湾岸や山間で発見される。
 尚江頼子……今年22歳に成る自称無職。その筋の人間からは重宝がられる都合の良いフリーランスの殺し屋として糊口を凌いでいた。組織や派閥問わずにレンタルヒットマンとして殺傷力を提供して生きてきた。金を払うなら昨日守った筈の標的も今日は殺す。今日、殺せと命じられれば明日守る筈の対象も殺す。一切を金額のみで解決する尚江頼子に仁義と任侠は意味を成さない。金を積めば『クライアントを漏らす』と云う頼み事以外は大抵引き受ける。
 割り切り方の清清しさと解り易い損得勘定を標榜している事から尚江頼子は暗い界隈では人気の殺し屋として持て囃される。それ迄に罷り通っていた殺し屋としての矜持を全て捨て去って身売り上等を看板にしている。旧弊然とした殺し屋連中からはゴキブリを飲み込んだ様に疎まれた。旧い思考の殺し屋からすれば先達や自分達が築き上げてきた暗黙の了解をあっさりと破り捨てたのだから。それでも殺し屋達は自身の威厳を賭けて尚江頼子に決闘を申し込む事はしなかった。……殺し屋連中は誰も尚江頼子を殺してくれとは依頼されていないからだ。同業者からは嫌われるが客層からは引っ切り無しに声が掛かる。それが尚江頼子と云う女の若い殺し屋の今のスタンスだった。
 その守銭奴と罵られる女の殺し屋がこのイベントに参加した理由は金だった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ