短編拳銃活劇単行本vol.1

□ワイルドピース
1ページ/42ページ

 ホンの、つい20年前迄、イギリスの老舗ライフルメーカー・ホーランド&ホーランドでお抱えのガンスミスとして在籍していた、と或るガンスミスは今日もハリー・バックデーンのブリティッシュ・ブレンディット・ウイスキーのポケット瓶を呷りながら鉄臭い仕事場に踏み込んだ。
 何時もの風景に彼の酒臭い息が不快に混じるが、此処には彼以外には誰も居ない。
 フライス盤、NC旋盤、今では使われていない合金加工機器。壁に整然と吊り下げられたレンチにドライバー。手術前の医療的器具を連想させるスティックタイプの鑢が整然と棚に並ぶ。
 エングレーブ加工とシルディング(※ライフリング加工全般)以外なら全ての銃火器を修理・改造出来るだけの設備が15平方メートル程の空間に並んでいる。
 否、彼の言葉を借りるのなら、「樹脂で出来た、鉄砲だけは勘弁してくれ」だ。その言葉通りに此処にはコンピューター制御の加工器具は一切並んでいない。
 ビッグベンが西に拝めるロンドンの外れで彼はひっそりと生きていた。
 酒代を稼ぐのが目的なのか、好きで鉄と語らいたいのかは不明だが、ホーランド&ホーランドを退職した後も鏨を捨てる事無く、薄暗い部屋に閉じ篭って、『ガンスミスの真似事』を続ける。「死んだら棺に鑢とレンチを放り込んでやるから安心しろ」と笑顔で語った唯一の息子は10年以上前に家族諸共、交通事故で天に召された。残された、年老いた彼は加速が付いた様に熟練の技を奮い続けた。
 この狭く、薄暗く、鉄臭く……オイルとグリスの匂いが沁み込んだ鉄の部屋で。
 孤独で、孤高に、併し目的と手段の区別が付かない毎日を、彼は、今日も生きる。
 彼の職業はアンダースミス。
 あらゆる地下組織や組織者の非合法火器製造を生業とする、闇社会を構成する部品の一つだ。
 尤も、最近はめっきりとオーダーが少なくなった。
 一昔前は矢鱈とフルオートを組み込んでくれ、撃鉄と引き金を羽の様に軽くしてくれ、と云う依頼が多かったが、樹脂を多用した銃火器の製造・改造が増えると、彼の「旧い技術」では追い付かずに依頼を断る事が多くなった。それ以前に、最近の銃火器は使用者のフィーリングに迎合すべく、使用者が一人で簡単に微調整できる火器が増えた。インターネットとか言う鼻持ちなら無い新しいメディアの浸透がそれに拍車を掛ける。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ