短編拳銃活劇単行本vol.1

□風よりも速く討て
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 オレンジがかったブラウンに染めた、ショートのクールボブが風に揺れる。
 小さく整った唇に咥えた煙草の煙も風に掻き消される。
 御鹿園和穂(みかぞの かずほ)は寒空の下、オープンカフェで眠そうに瞳を閉じた。
 作業着を連想させる濃紺のブルゾンにタイガーストライプのカーゴパンツ姿の彼女は誰もが振り返る程の魅惑を湛えては居ない。何処にでも居る、少しばかり容姿が端麗な二十歳の女性でしかない。身長165cmの体躯は素晴らしいボディラインに恵まれてはいたが、此処の所、彼女の性的対象に曝け出す機会は無かった。活動的な衣服と、それのイメージを崩さないネコ科の獣を擬人化させた様な美貌も、雑踏が眺められる昼下がりの街角ではその他大勢の一般人でしかない。尤も、彼女にとっては必要以上に人目を惹く衣装やメイクは仕事の邪魔だった。
 彼女の仕事はズバリ、所属する組織の尻拭き係り。
 この界隈を仕切る暴力団の飼い犬だ。
 具体的な仕事内容は、重要機密や武器・麻薬・貴金属を奪った挙句に足抜けを試みている組織の人間を探し出して抹殺する事。それに……薬物中毒や背任行為で組織の看板に泥を塗る人間も抹殺の範疇だ。
 二昔前のエンジェルダストをベースに改良したDOX(ドックス)なる麻薬が組織の主力商品だが、これは揶揄的に「ゾンビ製造機」とも呼ばれている。副交感神経と脳髄に直接作用する成分を含んでいる為に、アルコールの酩酊に似た作用が得られる。問題は副作用だ。使用者は正体を無くし、幻覚・幻聴と破壊衝動に駆られる。「他者が自身を殺そうと攻撃している」と思い込んだDOX中毒患者は手当たり次第に殴り掛かる。捕縛の為に鈍器等で直接打撃を与えても痛覚が麻痺している為に効果は薄い。関節技や絞め技でさえ、極められている箇所の激痛や束縛を無意識的に「切り離す」事が出来る。心臓に銃弾が命中したとしても、生命が事切れる瞬間迄、活動を止めない。
 手っ取り早いDOX中毒患者の始末方法は頭蓋を破壊し、運動神経を司る小脳を破壊する事だ。
 組織では、このDOXを売り捌く事を奨励しているが、組織の人間が実際に使用する事は一切厳禁としている。中毒性や常習性が高く、組織の人材が薬物で朽ちていく事を防ぐのが目的だからだ。
 最も危険だが最も快楽の深い合成麻薬。それがDOXだ。
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