短編拳銃活劇単行本vol.1

□凶銃の寂寥
1ページ/36ページ

「殺し屋と呼ぶな。ガンマンと呼べ」
 今時珍しい、古風な職種を口にした彼女はやけに白い八重歯でビリガーエクスポートを噛み締めると、眉間に不快を示す皺を寄せて目前で芋虫宛らに悶えているヤクザを見下ろした。
「ヤクザを殺すのははっきり言って嫌いだ。出来るものなら頭を下げて通りたい」
 準幹部の銀バッジを襟足に止めた男はドブネズミが這う深夜の裏路地を、使えなくなった両肘下と両膝下を用いて遁走を試みる。如何せん、今し方9mmパラベラムのフルメタルジャケットで撃ち抜かれたばかりで不具な体の初心者だ。巧く前進する事が出来ない。激痛に無様に転がって無駄に血痕を描くだけだ。
 口の端に、キューバンタバコ使用を謳っている割にはインドネシアタバコの含有率が圧倒的に高いスクエアな断面を持つ全長10cm程のドライシガー――それがビリガーエクスポートの特徴――を咥えた女は無闇矢鱈に命を弄ぶ真似はしなかった。
「誰でも命は惜しい。私もだ。ヤクザ以上の圧力に依頼されなければこんな事にはならなかったろうよ」
 女。
 夜陰に溶け込むのに充分な黒のジャンパーを着てジーンズパンツを穿いただけのカジュアルな服装をした女は右手に持ったブローニングハイパワーの引き金を引いた。
 どんなに反動慣れした片手撃ちでも銃口は角度にして7度以上跳ね上がった。
 たった一発の9mmパラベラムはヤクザのレッテルを全身に貼り付けた男の後頭部延髄に命中し、間違い無く絶命させる。その証拠……になるか否かは確証は無いが、派手に頭部の内容物をコンクリートの地面に撒き散らし、三度程全身を小さく痙攣させるとそれきり動かなくなった。
「……後味悪い」
 呟くと、心に渦巻く後味の悪さを掻き消す為に使い捨てライターでビリガーエクスポートの四角い断面を炙って軽薄なインドネシアの紫煙を口腔に押し込んだ。
 肌に密着する様に馴染む黒い革手袋が握るブローニングハイパワーはリアサイト前面に猛禽類をモチーフにしたイラク国境官憲隊のクレストが彫られた特殊モデルだ。特殊と言ってもブローニングM1935の刻印違いで後は何の変哲も無い。
 レートリデューサーが組み込まれたフルオート切り替えレバーを兼ねた安全装置が有る事以外は。
 実を言うとセレクティブファイアーを搭載したブローニングハイパワーなどは珍しくは無い。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ