短編拳銃活劇単行本vol.1

□駆けろ! 狼
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 いつも愛用しているモンテクリストクラブのシガリロの先端を使い捨てライターで軽く炙りながら口腔に思いっきり吸い込む。瞬く間に口中にキューバ物の芳醇な煙が充満する。
 軽く口の中で濃厚な紫煙を転がして、ゆっくり細く吐く。
 続いて、溜息に似た深い吐息が継ぐ。


 深夜の港湾にて砂利運搬のランチから運び出される非合法商品の数々を眺めているだけの人物は左腕の簡素なミリタリーウオッチに視線を落とした。蛍光塗料で蛍の様に淡い輝きを発している時針は午前2時を経過した事を告げていた。落ち着かない様子でまた、シガリロを一服。ドロリとした重量感の有る紫煙が海風に流されて夜更けの中空に消えていく。
 この界隈を仕切る現地暴力団員と覆面をして作業着を着たガタイの良い男達が忙しなく荷物の引渡し作業を行っている。合計で40人程の人間が入り乱れて一抱え程も有る木箱や30kg位だと思われる麻袋をランチから降ろしている。
 勿論、これは堅気な人間は関わってはいけない類の仕事だ。
 先程から、作業の邪魔だと言われて離れた位置から辺りの警戒を任されている人物は面倒臭そうに短くなったシガリロを足元に落として爪先で踏み躙った。
――――早くしてくれよ!
 心で何度叫んだか分からない。
 その人物……ストレートマッシュウルフのショートカットをした20代前半の場違いな女は貸し与えられた中国製トカレフを腹のベルトに差し込んだまま時折、後頭部を掻き毟った。
 中国製トカレフこと民生向54式手槍は御馴染みの7.62mmトカレフ弾を使用するモデルではない。ヨーロッパ市場向けに銃身周辺が再設計された9mmmパラベラム弾仕様で装弾数は8+1発だ。7.62mmトカレフ弾の薬莢の最大直径と9mmパラベラムの薬莢の直径はほぼ同寸なので改良が容易なのだ。欧米のシューティングコレクターには人気が有る。極東やアフリカ・中東では一般的な7.62mmトカレフ弾でも先進国の欧米諸国では需要はそれほど無い。逆に昔ながらの9mmパラベラム弾を使用するモデルが求められている。
 外貨獲得の一環として安全装置が追加された民生向トカレフのバリエーションを増やしたが成果は芳しくない。そして案の定、余った在庫を処分する市場として日本にもかなりの数の9mm仕様トカレフが密輸されてきている。
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