短編拳銃活劇単行本vol.1

□犬の矜持
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 薄茶色で長目のセミロングを後頭部で結わえた若い女性は誰かに見詰められている感覚を背中で感じ不意に振り向いた。
「?」
 桜色のルージュが薄く引かれた可憐な造りの唇。小さく整った輪郭に収まった精悍な鼻筋と山猫の様な精を感じさせる切れ長の瞳。
 明らかに眉目秀麗な類の人間。165cmの身の丈に備わった女性的な丸みを帯びたセクシャルな部位は異性を振り向かせるのに充分な魅力を備えている。
 活動的なデニムパンツに少し草臥れているパンプス。良く使い込まれた……と言えば聞こえはいいが実際はこれもまた草臥れた雰囲気がファッションになっている黒いレザーベスト。尾低骨の窪みと甘そうな尻の割れ目まで見えそうな、裾の短いTシャツ。彼女の性的魅力の根源はその惜しげも無く晒されているウエスト付近に有る様だ。
 砂時計か蜂の様に括れた部分の腹部には僅かに割れた腹筋がコーティングされていた。それだけで、唯の何処にでも居る「綺麗な女性」では無い事は解った。
「……」
 その女性は背後に何も無い事が解ると、視線を元に戻した。
 視線の先にはボロいアパート。腕時計のデジタル表示は午後10時を経過していた事を報せていた。
 2階建ての安っぽい普請。このアパートの一室に用が有る。
 錆びて軋む年季が入った階段を上りながら左脇から煙草の箱でも取りだす様な仕草で中型拳銃を抜いた。スクエアな用心鉄が特徴的なワルサーPPスーパーだ。
 階段を上り切る前に弾倉を抜いて残弾確認孔を僅かな光に照らして確認する。弾倉をゆっくり挿すと、今度はスライドを慎重にゆっくり引く。排莢口が3分の2程開いた所で薬室が確認できた。薬室に送り込まれた実包の尻がエキストラクターに掻き出される前の状態で確認できた。それを確認すると静かにスライドを戻す。照準と照星には白色ドットが打ち込まれていたがこれはリバイバルモデルのバリエーションの一つである事を示していた。
 安全装置を解除せず尻ポケットにワルサーを押し込む。いつでもグリップを握られる様にグリップの角度を上に向けておく。
 部屋の前まで来るとドアノブ側の壁に背を任せて足の踵でドアを乱暴にノックした。
 途端、ドアは横一文字に銃痕の縫い跡を付けて木材の粉を撒き散らした。
「大人しくしなさい!」
彼女はワルサーを抜いて叫んだ。


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