短編拳銃活劇単行本vol.1

□速やかに、去(い)ね。
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 夕暮れ時の古い洋館の裏口に一人の女性。
 セミロングの彼女はアンニュイな表情で頭を少し垂れてラッキーストライクライトを無言で吸っている。
 雑草が膝下まで伸びている敷地内。
 黄昏時に人気の無い寂れた場所で全く不釣合いな美女が一言も発せず紫煙を乱暴に吐く。途中何度か苛々した視線を腕時計に落としながら舌打ちしていた。
 大きな瞳にやや童顔気味な顔のパーツ。目鼻は筋が通っているが、今の怒り顔の彼女には似合わない。笑顔はきっと素敵な事だろう。
 夏物の麻製ジャケットに薄い生地のスラックス。何れもベージュを基調とした目立たない色合いだった。
 足元に、根元まで灰になったラッキーストライクライトを吐き捨てるとブーツの爪先で無造作に踏み躙り顔をサッと上げた。


 左脇のホルスターから得物を抜く。
 弾倉確認。
 安全装置解除。
 深呼吸。
 全長17cm程の中型自動拳銃のスライドを引く。
 日本国の一般的な司法警察が使用しているシグP230/JPだ。
 

 屍狗魂(しくたま)と呼ばれる魑魅魍魎の類を一発で昇天させるには祝詞で清められた、霊験あらたかなこの32口径8+1発の拳銃と祝詞+清塩で清められた専用弾が必要だった。そうでなければ唯の32口径の自動拳銃だ。
 これだけの「祓い」を施していれば使用者を選ばない。
 使用者自身に何かしらの霊能的特技が無くとも禍々しい屍狗魂を別の世界へ送る事が出来る。
 勿論それはタマが当たればの話で、使用者は一般警察以上に射撃術を叩き込まれる。
 「使用者を選ばない」…それにはもう一つ大きなアイテムが機縁していた。それはグリシンの自動巻き腕時計の模造品かと思うほど酷似したクロノグラフの腕時計だった。
 生憎、これはボタン電池式だ。これが若しかすると大きな役割を果たしているのかも知れない。
 何故なら、屍狗魂は生きた人間の視覚では捕らえる事が出来ないからだ。これまた有り難い祝詞と呪印を裏蓋に彫刻された特殊モデルで一般には出回っていない。外見はどこにでも有るデザインの安っぽい腕時計なのだが。この陳腐なデザインの腕時計を装着している限り屍狗魂を「生きた人間」が視界に捕らえる事が出来るのだ。
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