短編拳銃活劇単行本vol.1

□ブギーマンと弔えば
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 雲やトンボや草木で季節を謳うほどの情緒は持ち合わせていない。昔はこの国には四季と云うものが明確に存在し、その移ろいも愉しむ風流な遊びがあったらしいが、現代に生きる若者に分類される玲子には特に食指が動く話題ではなかった。
 客の入りは全体の6割。今の時期、時間帯、立地条件からすれば20人入れば満員御礼の喫茶店としては成功している方だと思われる。
 目の前にはびっしりと汗をかいたアイスコーヒー。砂糖とミルクは抜き。レジカウンターからトレイで運んできたまま口を付けずに居た。
 物憂げな顔をしているが、実際には何も考えていない。脱力したいから喫茶店に逃げてきた。
 クリーニングが終わったばかりのベージュのカーディガンとデニムパンツに水色のスニーカー。窓際の分煙席。窓の外側を臨めるカウンター。手元には灰皿、クリーム色の平らな箱、マッチ箱。灰皿にはシガリロの吸殻が1本。
 脳内で先日の夜の仕事を反芻。しかし、心には残さない。仕事はデータとして蓄積させて感情は切り捨てる。そのために行きつけの喫茶店で脱力を愉しんでいる。
 先日の夜……あのコルトパイソンを使う新山和緒と云う人間はこの世にはもう存在していないだろう。存在していても何処かの誰かの体内で生体器官や細胞として第2の人生を歩んでいるだろう。綺麗な黒髪だったので、もしかしたら、髪の毛は鬘の材料として加工されて人間の平均寿命以上に長生きするかもしれない。
 2本目のシガリロ――カフェクレーム・バニラ――を平たい紙の箱から抜き出し、口に銜える。彼女のリラックスする時の条件として『マッチを擦る余裕も無い時にシガリロは吸いたくない』と云うこだわりが有る。それを忠実に実行しているだけだ。
 使い捨てライターとは違う丸みと温かみのある火でシガリロの先端を炙りながら吸う。大きく長く紫煙を吐き出す。この瞬間が喫煙の醍醐味だと思う。
 そんな彼女の顔が途端に濁る。
 尻ポケットに差し込んだままだったスマートフォンがバイブで着信を報せる。
 ――――あ……これは……。
 このバイブレーションのパターンは仕事の依頼だろう。
 直ぐにスマートフォンを取り出し、着信内容を確認する。
 シガリロを唇の端に銜えたまま、小さく舌打ち。
 折角の休暇が瓦解する音が聞こえる文面。
 彼女の……藤枝玲子の仕事は荒事師の中でもやや異質な『護り屋』だった。
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