短編拳銃活劇単行本vol.1

□ブギーマンと弔えば
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 彼女は和緒が必ず、灯かりを得る為の発砲を、『出入り口側に向かって行う』と予見し、その瞬間に正面に立ち2発目を撃つ前の隙を衝いて発砲した。
 和緒には銃火で照らされた世界に一瞬、浮かび上がった、銃を片手で構える女の姿が目に入っただろう。和緒は直ぐに反動で暴れた銃口を戻そうと右手に力を込めたが、それよりも早く目の前に立つ女の発砲が早かった。それだけだ。
 事実、コルトピースキーパーの遣い手の左手側1mの辺りに弾痕が穿かれて至近弾とは言い難い。コルトピースキーパーの女は初弾で和緒のコルトパイソンが大きく跳ね上がると読んでいた。そのためにも片手で銃を保持させて片手で咄嗟に撃たさねばならなかった。
 その『状況』が全て揃った部屋。全て『揃っていた』部屋。その部屋に誘いこまれた『和緒』。……和緒にとっては『冴えたやり方』でもそれこそが罠そのものだ。
 和緒の拳銃が、反動が荒れ狂う短銃身のマグナムリボルバーでなかったらこの作戦は思いつかなかった。和緒の腕は確かだろうが、標的が見えなければ必殺の銃弾も役に立たない。
 ベージュのカーディガンにデニムパンツ姿の女は和緒の亡骸から弾薬と財布を抜き取るなり、すっくと立ち上がり、もうこれ以上の興味は示さずにきびすを返して歩きだす。再び月光以外の光源がなくなった部屋から夜陰へと消えるまでに歩きながら耳栓を外し、使い捨てマスクをつける。
 部屋から去ったその女の顔には全くの呵責の念は無い。呵責の念を伺わせない彼女の姿は、やがて廃ビルの最も暗い部分へと消えていく……。
 がらんどうさながらの部屋の真ん中に大の字に倒れる亡骸、一つ。
 誰にも見取られずに新山和緒と名乗っていた女性は息を引き取った。彼女の亡骸はその後に浮浪者を装った『清掃員』によって直ちに解体され、血液一滴、髪の毛一本も無駄にされずに『消え去った』。
※ ※ ※

 藤枝玲子と自称しているその女は全身を脱力して喫茶店で表通りを眺めながら頬杖を衝いている。
 昼の2時。曇天。そろそろ秋雨前線が北上してくる時期。今年も各地に大きな被害をもたらした台風の一群はようやく鳴りを潜めたかのように見える。
 日差しが柔らかい季節。秋と云う季節が無くなったらしい。うまれて30年ほどしか経過していない彼女にはそれ以前の季節の移ろいなど詳しくは知らない。体験している世代ではない。
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