短編拳銃活劇単行本vol.1

□ブギーマンと弔えば
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 いつから和緒はこの廃ビルこそが自分のフィールドだと錯覚していた?
 いつから和緒はこの廃ビルの塵埃の積もり具合を無視していた?
 いつから和緒はこの廃ビルに『敵』が集団でやってくると信じ込んでいた?
 今となっては……和緒にはどうでもいい事だった。
 発砲した瞬間に和緒は一つの大きなミスを悟ったが今となってはどうでもいい事だった。
 和緒が片手で発砲し、塵埃の多い部屋で、灯かり代わりに発砲し、探りを入れるのは『彼女の作戦通りだったのだ』。
『彼女』はすうっと息を吸うと辺りを憚らず大きなくしゃみをした。
 新山和緒は確かに絶命した。目の前に大の字で転がっているのはただの亡骸であるのは誰の目にも明らかだ。『彼女』は和緒を見下ろしながらつま先を進める。和緒に向かって。
「……あなた、なかなかの強敵だったね」
 くしゃみを放ったばかりのその女は塵埃に塗れた鼻を啜りながら呟いた。
 右手にだらりと提げた、薄っすらと硝煙を纏うコルトのリボルバー。和緒のコルトパイソンと同じ弾薬を使うがデザインは大きく違う。否、デザインはコルトパイソンの方が大先輩で、くしゃみをした女が提げているのはその発展改良型のコルトピースキーパーだった。全長23cmあまり。重量1kg越え。357マグナム6連発。艶消しの黒い肌は光の反射を抑えるための工夫で、4インチの銃身上部に伸びる、コルトパイソンと同じデザインのパーツは銃身から立ち昇る陽炎を発散させるベンチレーテッドリブだ。
 その女はベージュ色のラフなカーディガンの左懐にコルトピースキーパーを挿し込み、新山和緒と名乗っていた死体の懐から財布と弾薬を抜き取る。死者を冒涜する行動だが、その女には遠慮は無い。慣れた手つきで自分の衣服の様々なポケットに弾薬を移していく。
 襟足長めのマッシュウルフの髪が印象的なその女は黒ブチ眼鏡のブリッジを左手の人差し指で押し上げると、小さく「さて」と言い、立ち上がり何の感慨も無く、きびすを返してこの部屋を出る。
 和緒ほどの『遣い手』なら光源が乏しい場所で無理矢理光源を確保する手段として、懐からフラッシュライトを取り出したりはしない。ロスが大きいからだ。必ずマズルフラッシュを利用する。そしてその僅かな時間の明るい世界で敵の位置を補足して応戦する。
 それこそがコルトピースキーパーの女が取らせた行動だ。
 必ず、視界と呼吸器を守るために片手で口元を塞ぎ反動が強いコルトパイソンを片手で撃つ。
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