短編拳銃活劇単行本vol.1

□ブギーマンと弔えば
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 確かにこの廃ビルの中に潜んでいるのに、確かに暗がりに潜んでいるはずなのに『何も無い』のだ。……それは人ではなく、幽霊を相手にファイティングポーズをとっているような錯覚。
 無駄。無駄。無駄。
 何もかもが無駄。
 だが、無為ではない。
 それは無茶ではない。
 そして無理なことでもなかった。
 祈る思いで引き金を引く。ゆっくりとダブルアクションの重い引き金を引く。『敵』が和緒を仕留める心算ならとっくの昔に仕留めている。……背後から。
 シリンダーが6分の1回転。ギリギリとコルトリボルバー独特の作動の感触が掌を伝う。
 そして撃発。
 威勢良く357マグナムのシルバーチップホローポイントは2.5インチの短い銃身から弾き出される。……銃口を向けた先はこの部屋の出入り口。一番影が濃い部分。確かにそこに何か居る。そこに居なければ何処に何が居ると云うのだ。
 轟音。357マグナムが世界最強の拳銃弾だったのは1920年代後半。今では世界最強から数えてベスト10から外れるほどの威力だが、それでも近距離ならば人間の腕を引き千切るエネルギーを持っている。
 広い影に向けて発砲。ドアなどとうの昔に朽ちて床に転がっている。
 入り口の影に向けて発砲したが、目的は直接打撃ではない。
「!」
 ――――居た!
 大きく広がったマズルフラッシュが一瞬、部屋全体を明るく浮かび上がらせる。コンマ数秒以下の時間だけ明るくなる。それだけで十分だった。
 何もかもがそれだけで十分だったのだ。
 和緒は『敵』の姿を初めて目視した。
 目視した後の硬直が『長すぎたのだ』。
 和緒は次の瞬間には胸骨のど真ん中を穿かれ、巨大なハンマーで殴り飛ばされたように大の字になって後方へと吹っ飛ばされた。
 仰向けに倒れ、目を大きく剥いたままの和緒は血を吐きながら、『何もかもが十分すぎた』結果を受け入れた。
 和緒の手負いの山猫を思わせる瞳から精気が静かに消えていく。
 黒いスーツを纏った黒髪の麗人がカッターシャツを鮮血で真っ赤に染めて大の字に倒れている。その様を見下ろす人影。
 その人影こそが和緒が打倒すべき『敵』だった。和緒はこの『敵』を迎撃しなければここで命が尽きると判断した。だからこそ『自らの意思で無謀な賭けに出た』のだ。無駄だった。だが、無為、無茶、無理ではない。無謀だ。
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