短編拳銃活劇単行本vol.1
□ブギーマンと弔えば
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沈吟。和緒は緩やかな夜風に肩下まである黒髪の先端が揺れるのを衣服越しに感じてしまうほどに動作を停止した。
――――おかしい。
――――『気配だらけ』……。
この廃ビルに『敵』を誘い込んだのは確か。郊外の旧繁華街にある廃ビル。人気が絶えて久しい。この地区一帯が、廃屋が軒を並べる、区画整理待ちの地区。そこへ……そこに有る廃ビルへと上手く誘い込んだはず。飽く迄イニシアティブは和緒の手中にある。あるはずだと信じている。
だのに、このビルへ誘い込んだ『敵』の数が判然としない。その戦力だけでなく腕前も。強烈な違和感。ボタンを一つ掛け違えたままの服で出歩くような違和感。
暗闇、暗がり、夜陰、物陰……そこかしこに『敵』が潜んでいると『思い込んでいる』自分が居る。
何かが確実におかしい。自分は確かに、追跡してくる敵戦力に備えて迎撃態勢を執りやすいこの場所を予め選んでいた。幾つかの撤収ポイントにも通じる廃ビル。言うなれば何もかも予想通りなのに……何もかもに違和感が付きまとう。
先ほどの発砲から10秒以上が経過した。窓際に立ち尽くし、右手を伸ばし、相棒のコルトパイソンを力強く握る。相手が誰であろうと、防弾チョッキを着ていようと、直線距離20mもないこの戦闘区域で弾道の直線上に立とうものなら一撃で仕留める自信があった。
陰に潜んで蠢くネズミの群れを狙うような気味の悪さ。
がらんどうのようなコンクリが剥き出しの部屋。壁紙は風化して剥がれ落ちている。床には内装が朽ちて剥がれた資材の欠片。
これだけの空間の窓際で10秒以上も棒立ちで何処からでも狙い撃ちできる状況を『作り出してやった』のに、銃声の追撃が皆無。このビルに滑り込むまでは複数の銃声が跡を追ってきた。それを見てニヤリと口角を上げた数十分前の余裕が消えた。
背中と首筋に神経を集中させる。この部位は人間の野性的勘を司る神経が通っている。この部分を活性化させると、あたかも全身がレーダーのように機能する。誰にでも具わっている生理学的な現象だ。停電した途端にパニックに陥らないタイプの人間はこの感覚が優れているといわれている。
――――『敵』の数が掴めない!
戦慄が背中から波紋のように広がり全身を震わせる。『敵』の数も位置も戦力比も何もかもが掴めない。