短編拳銃活劇単行本vol.1

□深淵からの咆哮
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 高神京(たかがみ みやこ)は今日も愛車に乗る。
 愛車と言ってもトヨタカローラのワゴン。商用でよく見かける白いボディの何の変哲の無い車だ。カスタムどころか製造番号や書類の偽造すら行っていない。行う必要が無い。彼女のプライベートな下駄履きなのだから。ウェットな職掌の彼女ではあるが、常にモンスターマシーンを必要としているわけではない。常に路地裏を走り回るために軽四車輌を欲しているわけではない。状況に応じて必要な道具を揃えて使いこなすのもプロとしての心構えだと思っている。頑なにそれしか使わない、使えない、使おうとしないのはプロとしては二流止まりだ。中には一流に上り詰める兵もいるが、その影には圧倒的多数の前途有る才能が文字通り消えている。
 彼女は今の普通車には備わっていない灰皿に銜えていたシガリロの灰を落とした。冬空の峠を法定速度で走る。彼女のささやかな息抜きだった。今の彼女は丸腰だ。必要の無いときに想定外を想定して必要な物を揃えるのもプロだという意見も有るが、彼女はそれに対しては反駁を唱える派閥だ。オンとオフを使いこなすことで気分をリフレッシュさせて効率的に効果的に合理的に仕事をこなす。そういった意味でオフの日には仕事道具たる違法な銃火器は持ち歩かない。それを徹底させる為に愛車は穢れの無い中古車のトヨタカローラワゴンだ。2万km走った愛車。買ったときは1万5千km。合計3万5千km。コンディションの好い車体を中古車センターで見かけた時は即決で買った。普段の下駄履きや買い物などの荷物運び、少しばかりのドライブでも可もなく不可もなく満足させてくれる予感がしたからだ。
 白い、やや煤けた鈍い汚れもいかにも使い込まれた雰囲気が出て可愛らしく見える。愛車のハンドルを駆りながら半分ほどの長さになったシガリロの紫煙を唇の端から細く吐く。エアコンで発生する寒暖差から、僅かに開けたウインドウから煙が逃げる。旧いモデルは灰皿が標準装備なので昔は良かったのだな、と自分が生まれて間もない時期に想いを馳せる。
 冬空。今にも雪が降りそうな鈍く重い雲が厚く山間部を覆う。この先の道の駅で名物の釜飯を食べて帰宅。それだけの……本当にたったそれだけの小さな満足。この満足で得られるストレスフリーを体感して会得しなければ京の棲む世界ではあっと云う間に軋轢と重圧と齟齬と恐怖に磨り潰されて揶揄無しに絶命する。
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