短編拳銃活劇単行本vol.1

□深淵からの咆哮
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 まんまと彼女の罠に飛び込んでしまった京。警戒心なく、京はハイエースの居住スペースに上がってちょこんとペタンと座っていた。目が点。起こった事をありのままに話せば、ナンパ同然で声を掛けた女性をエスコートしていたら自分が彼女の車内で今から美味しくいただかれようとしていた。多分、何を言っているのか解らないと思う。誘拐とか略取とかそんな法的解釈が及ばない何かが働いた気分だ。
 京は居住スペースの前方、つまり運転席と助手席が並ぶ方向を背にして目を点にしている。彼女は奥の方で唇を妖しく動かしながら何事か話しかけている。催眠術にかかったように事象の前後を認識する能力が低下している京。自分の判断能力が限りなく剥ぎ取られていることすら自覚していない。
 ただ、京はトランス状態に近い頭でたった一つのことだけ理解していた。
――――ああ。私は今からこのヒトに弄ばれるんだ……

※ ※ ※

 
 彼女との邂逅が終わって3日後。今でも悪い夢を見ていた……否、出来すぎたいい夢に溺れていたとしか思えない。
 自分がどのように弄ばれて好きなように味わい尽くされたのか覚えていない。只管押し寄せる快楽。
 何よりも驚いたのは……京は同性愛者ではない。と、思い込んでいたことだ。ただ道の駅で心に刺さる顔つきをしたヒトが居て声を掛けたら女性で、その女性に最終的に一方的にリードされて耳や口からも性的快楽の塊を流し込まれた気分だった。嫌悪感は無い。逆に快楽中毒に溺れる体の疼きを抑えるのに今でも一人で耽るのを我慢しているほどだ。
――――あー。あんなことになるんだったらシガリロを吸うんじゃなかったなあ……
――――タバコ臭くて嫌われなかったかなぁ……
 下腹部では今でも竈が燻っているかのように熱を感じる。彼女の舌と奥深い指を感じる。彼女の性的技巧を覚えてしまった。ただ一時の邂逅で逢瀬。もう二度と会うことは無いだろうと云う諦観。あの道の駅に同じ時間に行っても会えない気がする。
 いや。
 今は集中しなければ。
 今は集中しなければ、死ぬ。
 最悪の場合ではなく、次の瞬間に、死ぬ。
 京は仕事用の裾の長い黒いフィールドコートを着て灰色の作業用のズボンを履いている。靴は皮革風の安全靴だ。
 右手には全長40cm強の水平2連発の散弾銃。グリップの形状が特徴的なイサカ・オート・バーグラーだ。20番口径2連発。
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