短編拳銃活劇単行本vol.1

□深淵からの咆哮
3ページ/56ページ

 パーキングでカローラワゴンを停めて平日の道の駅を散策する。販売コーナーや入浴施設、車中泊の客用に開放している24時間トイレなどの外観を歩いて眺める。何も考えずに人込みに混ざっていると自分も社会のパーツの一つなのだと実感する。禁煙区域に指定されている場所が多いので裏地にフリースが仕込まれた防寒仕様の黒いパーカーの下に着たシャツの胸ポケットに差し込んだシガリロの缶に何度も手が伸びるがその度に諌める。
 平和な光景。寒空の下だが、客足は6割と言ったところで、不快な混雑具合ではない。その視界の端にふと陰が入り込む。
「…………」
 二度見。ここが鉄火場なら自分は今、死んでいた。それほどまでに心に大きな隙間を作ってしまった。
 女性。退屈そうでも忙しそうでもない、何故こんなところに居るのだろうと言う不思議な表情を浮かべた彼女がベンチで座っていた。腰まである黒髪を無造作に束ねただけ。オレンジ色をした救難色に近いパステルカラーのフィールドコートに最近流行の防寒スラックス。裏地に特殊な繊維が縫い込まれているので軽量で暖かいのがセールスポイントだ。そのスラックスのベルトループに縫い付けられたロゴで一目で流行りのスラックスだと判断した。
 モコモコとボリュームの有る焦げ茶色のマフラーに彼女の顔が埋まりそうだ。
 彼女は特に何も意識していない虚無を同居させた顔でふと京を見た。彼女も、京も互いに気が付く。互いが互いを見ている。彼女から見た京の印象は? 京が彼女に抱いた印象は? ……それが特に何も無かったわけでもなく、京はきびすを90度向きを変えて彼女に近付く。京は特に積極的な女性ではない。ましてや午前11時半を経過した時間帯に初めて見た女性に自ら進んで距離を真正面から詰めるような大胆な性分でもなかった。
 なのに。何故か。どういう訳か。京は自分と対称の髪型をした、自分と背丈が変わらぬ、年齢も自分と同じ20代後半だと思われるその女性に向かって歩く。否、歩いてしまっていた。京は自分の行動を否定したいのか肯定したいのかも解らない。自分がそうしたいからそうした。自分の行動が軽率だとか馬鹿げているとかは埒外。彼女に近付けば近付くほど『彼女を想う心が強くなる』。
 お願いです。彼女と話をさせてください。
 そんなシンプルな願い。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ