短編拳銃活劇単行本vol.1

□深淵からの咆哮
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 ストレス社会は何も表の世界だけの話では無い。裏の、日当たりの無い世界でも深刻な問題だ。末端では詰まらぬ小さなミスが命取りになり早く消え、頂点では毎日の激務と不摂生が祟って心臓麻痺や脳卒中で呆気なく亡くなってそれを機にパワーバランスが崩れることも良く聞く。ストレスは万病の元の更に元だ。風邪は万病の元と昔から言われるが、その風邪を招き易いのがストレスだ。ストレスに対抗できる人類など人類の範疇ではない。ゆえにストレスを暖簾に腕押しの如く躱すのが賢い人間の選択だ。若いうちの睡眠時間不足を自慢する風潮は実に馬鹿げている。健啖や鯨飲馬食を自慢するのもそれに同じだ。詰まる所、健康管理の範囲を体だけでなく精神にまで広げた人間が長生きする。今し方灰皿に押し込んだ京のシガリロは広義では猛毒の集大成だが、定義を変えると心を調律する気の置けない永い相棒だといえる。何も友せず伴侶とせず相棒としないで生きているだけの生活ならば京は早々に首を吊っている。
 心身の調律。これに尽きる。曳いてはオンとオフを素早く切り替えるメンタル的テクニックの習得は何処の世界でも何処の社会でも何処の集団でも有用で必須な技術だ。今日はオフ。そう決めたら彼女は梃子でもオフの日を満喫する。道の駅で食べられる名物の山菜釜飯を食べて熱いコーヒーと共にシガリロを愉しむまで何が有っても帰宅しない所存。
 ランダムなノイズが逆に心地よいカーラジオがBGM。ニュースに天気予報。京はラジオが好きだ。手を離していても聞くだけで表世界の情報を入手できる。裏の世界だと情報が偏っている場合が多いので真実を定めるのに時間が掛かる。何処かで誰かが殺された話でも情報屋を雇って実際に調べてみれば、殺されたはずの人物が自ら欺瞞情報を流して海外へ逃亡した話しなど幾らでも転がっている。数え切れない派閥や組織が群雄割拠する裏の世界では情報の趨勢すら武器として用いられるので株式の上げ下げすら怪訝な顔をしてしまう。誰も何も何処も介入していない表世界ののどかなラジオの番組が心地よく聞こえる。心をフラットにして純粋に情報を楽しめる。京は、ラジオが好きだ。
 好きな車に好きなラジオに好きなタバコ。行き先では美味しい釜飯が待っている。心の洗濯日和だ。生憎の空模様も今は許せる。
 ただの休日を普通に過ごせて平和に終わる事を望むのみ。
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