短編拳銃活劇単行本vol.1

□44マグナム
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 目前4mの位置に有るスチールデスク。辺りはコンクリ打ちっ放しを思わせる四角いだけの部屋。この空間が設計された意図が全く解らない。縦横6mほどの空間。防災設備や窓は無い。謂わば、ここが『顔役』と呼ばれた女との謁見の場だった。その顔役の姿は何処にも無い。
 苦笑いをするハーフコートの女。事務用のスチールデスクに寄り、その上に置かれていた中型のボストンバッグを開ける。レミントンの紙箱に入った44マグナムの実包。狩猟を目的としたハイベロシティ。弾頭はシルバーチップ。50発入り。他の幾つかの箱も同じハイベロシティ。メーカーも同じ。弾頭に差異があるだけだ。ジャケッテッドホローポイントにアーマーピアシング。それ以外は雑多なアイテム。スピードローダーやストラップ、クリーニングリキッド等。それらの紙箱の下から心の命綱とも言える、愛飲している安葉巻のバンドルが3個出てきたのを見て苦笑いから本当の笑みに変わる。10本1パックのバンドル。雑な包装の安葉巻――エセンシア・デ・カリブ・ドブネロス――を手に取り、重さを量るような手つきで愛でる。葉巻が無ければまともな思考が働かない部類に入る彼女にとってはこれ以上の気の利いた手回しは無い。予めオーダーしていたとは言え、目の前に嗜好品が山のように積まれていて悦ばない常習者はいない。
 唇に銜えていた安葉巻もこのバンドルの葉巻と同じ物だ。ショートフィラーのローコストシガー。一枚の煙草葉を実質の肉であるフィラーとして巻いてバインダーで包み込む葉巻ではなく、荒く刻まれた煙草葉をバインダーで葉巻の形に押し込めて形に填めて肌となる葉のラッパーで包んだ安物。葉巻の部類ではミディアムシガーに分類されるかもしれない。中身は機械が巻き、外側は職人が巻く。愛好家が毎日葉巻を吸いたいが為に創られた様な代物で大した味ではない。それでも嗜好品だ。好きか嫌いか合うか合わないかは個人の味覚の問題である。突き詰めれば嗜好品は値段の問題ではない。
 彼女はそのボストンバッグを肩に掛けてパーテーションがランダムに並ぶ空間から入った背後のドアより外に出る。外に出た途端、勝手口を偽装したドアの外灯が消える。
 ドアの脇に置いていたビニール傘を手に取る。大きく安葉巻を吸い込むと2cmほどに育った灰が静かに折れた。
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