短編拳銃活劇単行本vol.1

□躊躇う脅迫者
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 私立探偵と言えば何かとハードボイルドな印象が付き纏う職業ではあるが、実の所、表の世界と同じく、国内の法律を適用するのなら無職同然の職業でそもそも職業とは呼べない。何の免状も資格も認可も必要が無い職業だ。無職の人間がある日突然「私は私立探偵だ」と言い張ると1人の私立探偵が出来上がってしまう。表の明るい世界ならば調査業を生業とする協会や組合があるので迂闊に非合法な活動には踏み込めないが、雪子のような暗い世界で暗い世界専門の私立探偵を営んでいると一気に眉唾な目で視られてしまう。私立探偵と言っておきながら何でも引き受ける便利屋稼業としても暖簾を掲げているのだから仕方が無い。世界的に有名な名探偵のシャーロックホームズは創作の人物だと言われているが、かのホームズでさえ、当時の英国内での職業では探偵は無職同然だったので懐が寒くなるとホームズは探偵業を営む傍ら論文を書いて新聞社や学術を研究する機関に売りつけて糊口を凌いでいたと云う設定が存在する。
 世間一般の人間が抱くような……少しばかりフィクションのドラマにかぶれた人間が抱くイメージの探偵の生活を呈しているが、実情はチンピラ。それが彼女が立たされているスタンスだ。推理力を発揮して事件を解決したケースは数えるほどしか無い。そもそも推理を組み立てるのは大嫌いなのだ。誠実な探偵に求められる条件として列挙されがちな「人間が大好きだから探偵になった」と云う心構えも彼女には存在しない。喰っていかなければならないから、何でもいいから、手軽に気軽に即席に職業を名乗って商売ができる都合のいい職業を探していたら私立探偵だっただけのことだ。
 金欠にして怠惰にして強欲。何処にでも居るチンピラ。無職が勤労の真似をしているだけ。残念ながら、それが村瀬雪子と云う女だった。
 
 
 行き付けのバーに今日も出没。カウンター席に座るや否やスライスしたライムを1枚落とした炭酸水をオーダー。
 旧いだけ。シックな店内と云うファッショナブルな表現とは少し違う。古臭いだけだ。県条例で飲食店でも分煙が制定されたが、この店ではお構い無しだ。その結果、紫煙が常にたゆたう空間が出来上がる。暖色の落ち着いた明るさの照明。これもまた県条例を無視した為に、ライトとそのシェードにニコチンに薄っすらと燻されてブラウンに近い灯りを醸し出している。
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