短編拳銃活劇単行本vol.1

□躊躇う脅迫者
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 これと言った活動拠点を持たない雪子。それには財政的問題が大きく関係している。万年金欠で行き付けのバーに顔を出しても炭酸水か無理に注文して作ってもらったノンアルコールのモヒートを飲んでいるのが関の山の彼女だ。探偵業を生業にするのに必要な、凡そ、明るい世界の探偵に必要な道具は一切持っていない。盗聴に盗撮、録音に尾行と言った探偵のテンプレとも言えるアイテムは全てレンタルだ。アングラ社会の住人専門に店を開いている機材のレンタル屋を仕事の度に利用する。勿論、懐が暖かければそれらを買い集めて探偵事務所の経費として処理したいのだが、現況ではレンタルで賄った方が安上がりなのだ。機材を破損させない限りレンタル料以外は発生しない。
 雪子が自前で探偵として用意できるのはレンタルオフィスとプリペイド式携帯電話――スマートフォン――とマイカー――中古のマツダデミオ――だけだ。それと懐に呑み込んだ中型自動拳銃。9mm口径の頼れる相棒だが、皮肉な事に9mmの火力が頼もしいと感じる事態だけは避けたいのに、度々懐から相棒を引き摺り出して鉄火場を展開する状況が発生するので彼女の探偵としての腕前は疑問符が付く。それ故に雪子の足元、即ち、危険な依頼でも嫌な顔を一つも見せずに引き受けてくれる都合のいい、使い捨ての駒として扱う『決して逆らってはいけない』人間からの依頼が多い。具体的な比率で言えば10件の依頼の内、7件は文句が言えない立場で依頼を『押し付けられ』、3件は穏便に契約打ち切りに持っていかれるケースが多い依頼だ。
 そのような背景から、護身用として拳銃を懐に呑み込んでいるのだが、拳銃を売買するルートに支払う金額も馬鹿にはできないし、或る程度の悶着を握り潰してもらえるようにこの界隈を仕切る所轄の警官や刑事に払う賄賂も大きい。どいつもこいつもハゲタカばかりだと皮肉っても仕方が無い。雪子自身がハイエナ同然の卑しくも孤高の生き方を選んでいるのだ。賄賂を要求する連中にも賄賂が必要な理由がある。それが崇高か下賎かは誰が決める物でもない。最終的に金を手にした人間が考える事項だ。だから雪子は雪子自身を食い物にする連中を恨みも怒りも妬みも蔑みもしない。鏡を見て鏡に映る自分の姿を見て笑うのと同じだと思っている。
 零細企業で個人経営のアングラ専門私立探偵としては何処にでも居る、普通のチンピラと言えた。
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