短編拳銃活劇単行本vol.1

□EVICTORS
3ページ/39ページ

 拳銃。そう、拳銃である。
 本物は見た事が無い彼女ではあったが、その外見から窺える質感は灰色の世界でも……否、灰色の世界だからこそ異常に引き立って無骨に見えた。
 16年の人生の中で、銃の玩具でさえまともに見た事が無かったが、其の拳銃は異常で異様だった。譬えるなら肉食の昆虫。黒い鉄の肌。灰色の世界だからこそ映える禍々しい鈍色。
 彼女の目前で彼女より身長が10cm程高い眼鏡の美女は右手に其れを構えて銃口を下にした侭後部の何か――コッキングピース――を勢い良く引く。金属の冷たい擦過音。話しに聞く自動拳銃と言う物なら此れで薬室とやらに実弾が送り込まれて発砲出来る状態に成った訳だが……
――――え?
 二人を取り巻く白い幽鬼の球状の『何か』に向けて発砲。
 耳を劈く轟音。……ではなく、意外に拍子抜けな発砲音。初めて聞く爆発音にびっくりしたが、何より全てが止まった灰色の世界に有って銃口から発生した火球――マズルフラッシュ――は明らかに鮮やかな、夕陽より鮮やかなオレンジ色だった。
 化学の実験で燃やしたマグネシウム粉末より鼻腔を刺激する硝煙。真上に弾き出される空薬莢。
 本物の拳銃だ。
 正体不明の『何か』は銃弾より早く移動出来ないのか抵抗も無く飛び散る。水で膨らんだ風船が爆ぜる様に白い靄状の欠片を撒き散らして弾ける。
 弾倉交換。
 マガジンキャッチを押し、弾倉を自重で落下させると後退して停止した侭のコッキングピースが前進する。予備弾倉を叩き込んで再びコッキングピースを引いて弾薬を薬室に送り、発砲。豊満なバストと云うセックスシンボルをTシャツで覆った彼女は表情に変化らしい物を見せずに射的感覚で『浮遊する、白い何か』を銃弾で蹴散らしていく。
 発砲の度に耳を塞ぎ目を閉じる少女はたった8個の空薬莢が、灰色の世界を幻想的にブチ壊していく様子を見届けられる筈も無かった。
「ハイ。大丈夫?」
「……」
 少女は不意に肩を叩かれた。
「終わったよ」
 裾で隠れる後ろ腰から手を抜きながら眼鏡の女は言う。拳銃を仕舞ったのだろう。
 瓦解する灰色の世界。亀裂が走った空間の向こうに日常が見える。そして、日常の風景が、夕陽の差すいつもの街路が視界に広がる。訪れた総天然色の世界。或いは帰ってきた総天然色の世界。
 一級河川の川縁で立ち尽くす。あれだけ奔り回ったと言うのに何処へも移動していない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ