短編拳銃活劇単行本vol.1

□風よりも速く討て
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 一方的で簡素な命令を受けると、携帯電話を左内ポケットに仕舞い、さり気無く左脇を探る。
 安心出来る感触が掌に伝わる。
 一体どれだけの生命の灯火を吹き消して来たのか解らない、永い相棒だ。
「……」
 口に咥えていた煙草が地面で無造作に転がっている。フィルターが焼ける程に短くなった吸殻を拾い、テーブルの上に有る灰皿に捨てる。
 左手首に視線を向ける。スイス製の自動巻きミリタリーウオッチが午後3時を告げていた。
 今し方、拝命した内容は内通者の始末。
 居場所しか知らされていない。何時迄に始末しろとは聞かされていない。即ち、出来る限り速やかに行動に移せと云う「何時もの命令」だ。
 空を見上げると、冬の模様が広がっていた。鉛色の厚い雲が頭を覆う様に流れている。後、2時間半もすれば完全に太陽は落ちる。これからの仕事を完遂するには上々なロケーションが期待できそうだ。
 

 港湾部の外れに有る波止場の倉庫街迄、若い女性をターゲットにした軽四自動車で駆けつける。ライムグリーンの丸みを帯びた中古車だが、何時乗り捨てても足が付かない様に偽装ナンバーと登記上の細工が施されている。
 軽四車から降りる前に濃紺のブルゾンのジッパーを下ろし、左脇に右手を滑り込ませる。
 システムショルダーホルスターから中型自動拳銃を抜く。
 H&K HK4。
 6歳の頃に初めて握った拳銃だが、未だに此れを使っている。当時はバレルキットを.25ACPに換装して使っていたが、現在では9mmショートに換装して使っている。H&K HK4と言えばモーゼルHScに似た外観で内部構造もそれのデッドコピーかと勘違いする程にそっくりで、発売当初は何故H&K社がモーゼルHScのアウトラインを拝借したのか不明だと囁かれた。この拳銃の最大の特色は銃身とリコイルスプリングを交換する事に拠って.22ロングライフル、.25ACP、.32ACP、.380ACP(9mmショート)を使用する事が出来る点だ。
 1968年〜70年代後半迄製造販売され、主に西ドイツ国内の治安機関で使用された。西ドイツ軍でも一部の将校が護身用に使用していたと言う報告も有る。
 銃身付近交換で異なった口径が撃てる拳銃は斬新だったが、反面、此れが原因で早く廃れたと言う説も有る。
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