短編拳銃活劇単行本vol.1

□貴(たか)い飛翔
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 口を尖らせる『マイスター』の横顔を見ながら20代半ばの女……黒武成威(くろたけ なるい)はH&K P7M13『カスタム』をハンドガンケースに収納して手に提げた。

※ ※ ※


 成威が日本に帰国して2ヶ月に成る。
 元から根無し草の成威には帰るべき故郷等有りはしない。
 唯、『マイスター』との約束通りにH&K P7M13の性能を実戦で実証しレポートするだけだ。
 そうかと言って、職業は何かと聞かれれば返答に困る。
 欧州中を渡り歩いていた頃は地元ギャングの助っ人として戦列に加わって敵対組織から巻き上げた金銭や非合法商品を売り捌いて生きてきた。その地方で命が危うくなると違うシマに殴り込んで悪行を繰り返すだけだ。人様に自慢できる人生など今迄に歩んだ事が無い。
 闇社会のガンマン連中が挙って頼りにする『マイスター』に出会ってから少しは落ち着いた生活をしている積りだったが、安穏に隠居する性分ではなかったらしく、『挑戦』を兼ねて闇社会の人間には最も活動し難いとされる日本で暮らす事にした。特に激しく心を突き動かされる理由は無い。どれだけ活動し難いのか、どれだけ暗黒組織が成立しているのか知りたかっただけなのかも知れない。
 従って、この街に流れ着いたのも全くの気紛れだ。
「少しばかり、憶測を誤った」
 1LDKのマンションを借りてガランとした室内で横になった途端、吐いた言葉がそれだった。
 大型のボストンバッグを枕代わりにして「大の字」になりながら、この街で見た風景を軽く思い出す。
 何処の家屋の塀にも有刺鉄線。どの窓にも鉄線が入った強化ガラス。悉く破壊された公衆電話と自動販売機。アートとは絶対的に認められない落書き。アスファルトの地面に描かれた生々しい血痕。大破炎上したパトカー。高い太陽の下でカップ酒を呷りながら千鳥足で大麻を咥える徘徊者。漏れ無く雑多な拳銃で武装した有象無象のカラーギャング。
 それらを踏まえて「少しばかり、憶測を誤った」と吐いたのだ。道理で不動産屋が揉み手しながら条件が良くて安い物件を紹介してくれるはずだ。この辺りは若年層チーマーの解放区なのだ。尤も、解放区とは堅気の人間からした客観的な形容で、実際はあらゆる若年層不良集団が群雄割拠している戦乱国家だった。言うなれば、この街だけ世紀末がサバを読んで到来したとしか言えない状況なのだ。
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