短編拳銃活劇単行本vol.1

□凶銃の寂寥
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「未だ、寒い」
 ハンドウォームに両手を突っ込むと背中を丸めて夜陰に消える。
 辺りにはビリガーエクスポートのキューバタバコ使用とは宣伝文句だけのインドネシアシガーの香りが漂い、やがて降ってきそうな夜空に巻き上げられる。


 美哉にとっては特に変わりの無い夜だった。

※ ※ ※


 美哉のブローニングハイパワー。
 厳密にはブローニングM1935FD。
 外観は前述の通り全く変化は無い。
 安全装置を解除してそのままもう一段深くレバーを押し下げればフルオートに切り替わるだけだ。
 内部構造も取り分け真新しい物は無い。
 スチェッキンで御馴染みのレートリデューサーがスライドレールに組み込まれているだけで外見からの違いを判別するのは専門家でも難しい。刻印の違いで辛うじて判断するしかない。
 マシンピストルとして敢えて特徴を述べるのなら、このブローニングハイパワーのフルオート射撃時の回転速度……詰まり発射速度は異常に遅いと言う事だ。グロックG18で毎分1200発。1秒間で20発の計算だ。だが、ブローニングM1935FDは毎分450発。1秒間で7.5発の計算だ。米軍が大戦末期に大量生産したM3A1グリースガンと同じ発射速度だ。
 勿論、これは9mmパラベラムの反動を「拳銃」と云うスタイルでフルオート射撃する事を鑑みて考慮された数値だ。発射速度が遅ければそれだけ反動を両手だけで押さえ込み易くなる。
 引いては命中精度も向上すると云う事だ。
 それだけをピックアップすればブローニングM1935FDに組み込まれているレートリデューサーが如何に優秀か解る。
 メリットが有ればデメリットも存在する。
 短時間の内に大量の弾丸をバラ撒いて瞬間的な制圧力を得る事が出来ないのだ。
 そもそも短機関銃を始めとするあらゆる全自動火器の根本には二つの思想が有った。
 発射速度を高めて攻撃にも防御にも使える。
 発射速度を抑えて命中精度と操作性を向上させる。
 この二つだ。
 何れにも長所短所は存在するが、現代では弾薬の供給が比較的、安定した状態での戦闘が想定されている為に発射速度が毎分800発を越えるフルオート火器が多い。嘗て毎分550発しか撃てなかったM60軽機関銃も現代では改良されて毎分750発以上の数値を出す事が出来る。
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