【桜色ファンクション】

□第三話:「当然の事ながら、それはそれ」
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 何時の何が如何なのか全く解らない空白。
 空白……文字で書けばそれしか形容出来ない。
 コンマ何秒だけ何かを思い出したがそれ以上の早さで思い出した何かを忘れてしまった。
「ううん。何でも無い」
――――何だろう
――――この感じ
――――何だか怠い
 揺れ幅が大きな情緒不安定に似た違和感を覚える。
「何でも無い事無いよー。顔色悪いよ。風邪?」
 美野里が不意に右掌を伸ばして真樹の額に触れる。
「……あ」
 声には出ていないが真樹の唇は確かにそう、動いた。
「っと……普段からこんなコトしてないから解んないや」
 申し訳無さそうな照れ隠しで美野里は直ぐに手を引っ込めて笑う。
「でも、怠いんなら保健室に行く? んー。早退しちゃえ!」
 屈託の無い美野里の笑顔が急に眩しく感じる。
 具体的な表現に困る戸惑い。小さく心臓が跳ねて、苦しく感じる。

 高校近辺のバス停に停車したバスから吐き出される生徒の数に比例して教室に入る生徒の数も増える。
「美野里ー。椅子、返してー」
 隣の席の椅子を占拠していた美野里は其処の本来の主に声を掛けられて立ち上がる。
「真樹ちゃーん……ホント、体調が悪いんなら早目に保健室に行った方が良いよ?」
「あ、うん。その時はそうする。けど、今は違う気がする……」
「らしくないねぇ。それじゃ」
 美野里は右掌をヒラヒラと振って踵を返すと自分の席に戻った。
「うん。じゃあね」
 真樹も苦笑いと困惑が混じった複雑な表情――それでも笑顔の成分の方が多い――で美野里の後姿を見送った。
 美野里が席に座って付近の級友と他愛も無い話に夢中になっていても……真樹は美野里を見ていた。
 
 何だかおかしいのは重々承知。

 何時もより集中力が無い。
 今し方もシャープペンシルで書き写すべき黒板の一文を赤いボールペンで記入している。
 舌打ち。
 消しゴムを机から落とす度に舌打ち。
 布製の筆箱を落としても舌打ち。
 仕舞いにはノートの未使用ページの縁で指先を浅く切って舌打ち。
 薄っすらと血の浮く指先を咥えて、唾液で以って原始的で簡易的な止血をする。
 
――――?
――――何だろう?
 自分の視線が不審かも知れないと感付く。
 隙が有れば美野里の方ばかりに視線を走らせている。
 真樹の席からでは美野里の左斜め後姿しか確認出来ない。
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