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□抗いの術を知らぬ忠犬
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「前々から聞きたかったことがある」
今まで何も話さなかった寡黙なレヴィが、突然口を開いてスクアーロを見た。お陰でさっさと自室に引き上げてシャワーでも浴びようかと思っていたものも、明らかに自分に向けられた問い掛けと視線によって彼は立ち止まらざるを得ない。
「何だぁ?むっつり野郎」
「黙れ。貴様はただオレの質問に答えていれば良い」
「…」
何だか頭にくる上から目線のレヴィに一瞬でも殺意を覚えたものの、スクアーロはどうにかその気持ちを押し殺し、言った。
「質問って何だ」
「ボスのことだ」
「…」
真面目に考えた自分が愚かであった――スクアーロは真っ先にそう思い、そして激しく立ち止まり振り返ったことを後悔した。やはりレヴィが自らふってくる話題といえば、あの我らがボス、ザンザスのことしかないのだから。
「…ボス、がどうかしたのかぁ?」
「貴様はいつもボスの怒りを買っているな」
「ああ、そんなことかよ。いつもじゃねぇぞぉ。だいたいはオレの知らない、オレの理解出来ないところで腹立ててる時が多いんだ」
「しかし、その理不尽な暴力を貴様はいつも抵抗することなく受け入れているのはどういう意図がある」
「はぁ?」
前々から聞きたかったことがある――レヴィは確かに先程そう言ったが、スクアーロとしてはそれを聞いた今、酷くくだらないものだと判断せざるを得ない。
彼の指摘する通り、スクアーロは毎日といっていいほどザンザスに拳をふるわれる。それは時に拳でないときだってある。身に覚えのない怒りをぶつけられるときが多々あって、それらを全く抵抗しないまま受け入れているのは何故か。レヴィはどうやらそれが知りたくて堪らないようなのだ。
「何故だ」
「何でって…テメェには関係ねぇだろうがぁ」
「なに、」
関係ない――当人にそう言われてしまえばレヴィにこれ以上の質問をする権限は失われてしまうわけだが、好奇心旺盛というかお節介というか、彼はどうしても白黒はっきりつけておきたいと思うのだ。
ただでさえ、崇高なるザンザスと上司と部下の一線を越えてしまったスクアーロが憎くて堪らない。決してその実力を認めているわけではないが、スクアーロ程の男ならばザンザスの拳くらい避けようと思えばいくらでも避けられるはずだから。その不可思議な点を、レヴィは解明したい。出来るまで粘るつもりだ。
「…」
「な、何だぁ?」
レヴィはスクアーロの口からそれを吐かせるため、ただひたすら睨み続けた。考えてみれば彼に向ける眼差しはいつもこうであった気がする。
「…」
「…なんか言えよ」
「…」
「…ハァ」
スクアーロにとって、それこそザンザスに殴られるよりこの沈黙の方が辛いし痛いと感じる。終始黙っていられない彼は、無言の攻撃にとても弱い。
「…わかった、言えばいいんだろぉ!?言えば、」
「最初からそうしろ」
「このむっつり野郎が…」
スクアーロは舌打ちをしながらも諦めたように後ほどため息をつく。そして重い足取りでレヴィが座るソファの対面に腰を下ろした。彼は言った。
「いいかムッツリ、よく聞け。オレはなぁ、ボスの拳は絶対に避けねぇ…それは八年前から守ってきたことで、オレの信念でもある」
「信念、だと?」
「そうだぁ。あいつだってただ単に殴ってる訳じゃねぇ。きっと過去の想いが詰まった拳を奮ってるに違いねぇ…オレはそれを受け止めなきゃなんねぇんだ。絶対に、避けるなんてことはしない。できない」
「…」
そのように語るスクアーロの顔は、何だか切なげな、それでいて何処かここには居ない男に想いを馳せているような。そんな表情を浮かべているのだ。
彼がザンザスの拳を避けない理由がわかった今、レヴィの心はもやもやがとれてすっきりしているはず。しかし彼は違った。やはり、嫉妬の情を抱いてしまう。
「…くだらない」
「あぁ?」
「くだらない。聞いたオレが馬鹿だった」
「何だとぉ!?テメェがしつこく聞くから――」
と、スクアーロが理不尽だとばかりに立ち上がった時であった。広間のドアに彼の両眼は動いた。
「…!」
スクアーロが入って来た時にはしっかりと閉めた扉が開いている。それはほんの僅かであったが、その隙間から確かに、彼は見た。
「あ、」
「何だ」
スクアーロが声をあげるのを聞いて、レヴィも倣ってそちらを見遣る。同じように、彼も見たのだ。
僅か十センチの隙間を揺れる、色彩豊かな羽根。見えたのはほんの一瞬であったが、それを身につけている者の正体は周知の通り。
「…」
スクアーロは不思議と口角をつりあげた。ちらりと垣間見たその羽根が、嬉しそうにふわふわと、ゆっくりと揺れた気がしたから。
抗いの術を知らぬ忠犬
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久々更新のザンスクSSは肝心のザンザスが出ずに終わる。アレ、これレヴィスクの方がよかったんじゃね?お粗末でした。
H20/8/29(金)ツブテ