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□その唇はただひとりに捧ぐ
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「な、にしてんだぁ」

「…」


決してザンザスが真上に覆い被さった状態のことを言ってるのではなく、彼が自分の唇に触れようとしていたことに、スクアーロは大いに目を見開き驚いた様子を見せた。一方のザンザスは身動きひとつしないで、ただ真っ直ぐにスクアーロをとらえている。内心、やはりこの鮫に苛立っていた

「…なんでもねぇ」

「いや何でもなくねぇだろうがぁ!」

「なんでもねぇって言ってんだろうが」

「ぶっ」

ザンザスはスクアーロの口元を手で塞ぐ。つい先程まで、彼が目覚めるまではそこに唇を押し付けたいという衝動にかられていたはずなのに、静寂を保っていたこの男はそれを自ら破った。お陰でザンザスの気は削がれ不機嫌さが増したようで、彼はスクアーロから背を向けて眠りにつこうとする。元の状態に戻るという訳だ。そのザンザスの行動をひとつひとつ目で追って、やっと口が自由になった途端にスクアーロはべらべらとまくし立てた。

「う"お"ぉい!テメェは何がしたいんだぁ!?」

「…」

「聞いてんのかぁ!?」

「…」

「ザンザス!」

「…」

「…ハァ」


スクアーロはいつまで経っても返ってくる様子のない応答に、ついに諦めて長い息を吐き出す。身体は大人な癖に、中身は子供のようであるザンザスの性格を、彼はとうに知っている。きっと今も自分がしたことに対し腹を立てて、完璧に拗ねているに違いない。

「…」

ザンザスは決して言おうとはしなかったが、彼が今寝ていた自分に何をしようとしていたのか。これもまたスクアーロは知っている。ただ、あのまま自分が目覚めなければザンザスの行動は成功していただろう。しかしタイミング悪く起きてしまったものは仕方がない

「う"お"ぉい、ザンザス」

スクアーロは寝ているふりを決め込んでいるザンザスの背中を見つめ、そして自分も同じように横になる。恐る恐る彼の肩に手を置けば、僅かにそこは上下し、そして徐徐に彼の体温が手の平に伝わってきた。始めはその筋肉のついた逞しい肩を見つめていたが、スクアーロの視界は次第に虚ろになり焦点が合わなくなっていく。その中で、彼はぽつりと本音を漏らす。

「う"お"ぉい…お前いま、オレにキスしようとしたんだよなぁ?」

「…」

「あ、あのなぁ、別にオレは嫌じゃねぇぞぉ!」

「…あ?」

「!」

ここでやっと、ザンザスは後ろを振り向き、じろりとスクアーロをその眼で睨み据えた。構えていなかっただけにスクアーロは小さく声を上げ驚いた様子をみせたが、そのザンザスに聞き返されてはもう一度言わざるを得ないだろう。

「だ…だから、オレにキスしたいんならすりゃ良いって言ってんだぁ」

「…なに自惚れてやがる」

「!」

ザンザスはスクアーロがぎょっとしているうちに素早く起き上がり、そして眼前の男を叩き付けるかのようにして押し倒す。ベッドが男ふたり分の重みで僅かに揺れるのを感じながら、スクアーロは反射的につぶっていた目をゆっくりと開けて自分を組み敷く男を見た。これで何回押し倒されたのか、彼はいちいちカウントしていられなかった。

「…さっきからテメェは何言ってやがる、このカス」

「何って…だから――」

「キス、してほしいのか」

「いやむしろお前がしたかったんだろうがぁ!」

「あ?」

どこまでも臍曲がりなこの暴君に、スクアーロは思わず叫んでまでして突っ込みを入れたのだが、それが的を射ていたものだからザンザスはお得意の拳で一発黙らせる。それを受けて小さくうめき声を上げながらも、スクアーロはやや声色を変えてふと真顔になる。

「…オレのこの唇は、お前のために空けてんだぁ…いつだって、お前の…だからザンザスがキスしたいならすりゃいいんだ…!」

「…スクアーロ」

彼の切なげな、切羽詰まったような表情の理由はザンザスにはわからなかった。わかろうとするより先に、スクアーロの長い銀糸を引き寄せ、ザンザスはその唇に食らい付いていた。まるで貪るように。まるでその存在を、確かめるように。








その唇は
ただひとりに捧ぐ






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余談ですが、前後編全てにおいてふたりは真っ裸です。そしてこのあとはきっと3ラウンド目に入ります。


H20/6/5(木)ツブテ

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