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□剣士の唇は女神のそれと似ている
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剣士の唇は
女神のそれと
似ている
思えば互いに背を向けあって寝ていたはずなのに、気がつけばザンザスの背中にはぴったりと、まるで蛭のようにくっついたスクアーロがいた。
ただでさえ暑いのに更に熱が上昇しては適わないと、ザンザスは彼を蹴り飛ばしてやろうかと振り返るのだが、何故かパッと目に入ったスクアーロの寝顔に動作が止まる。
「…」
何が面白いのかわからない何が満足なのかわからない
だが眼前の鮫は確かに幸せそうな顔を、余すことなくこちらへ向けて眠るのだ。
ザンザスにとっては無性に腹立つことこの上ないのだが、しかし拳や足を出す気にもなれず、ただ眉をひそめたままスクアーロの阿呆面ともいえる寝顔を覗き込んでいる。きっちりと伸びた睫毛に、少し半開きの潤った唇。黙っていれば女のそれと見間違うくらいの容貌を持ちながら、喋らせてしまえば全て台なしとなる無念さをザンザスはとうに知っている。
「…」
まるで誘うようなその唇を瞬きひとつせずに魅入るザンザス。彼の脳裏には、つい数日前の出来事がよみがえっていた。
数日前、ザンザスが珍しく大広間に向かい溜まった仕事の休憩をとりに行けば、そこにはベルがひとり。彼はスナック菓子を片手にひたすらそれを食していた。
「あ、ボス。お疲れ〜」
「…」
目上の者に決して恭しい態度をとることのない彼は、仮に相手がボスであってもいつもの口調は欠かさない
「そういやボス、聞きたいことがあるんだけど。ちょうど他に誰もいないし…」
「何だ」
「ボスってさ、スクアーロと…なんてーの?そういう関係にあるわけじゃん」
「…」
ザンザスは答えない。しかしベルはそれを肯定ととって、いつもの綺麗な白い歯を覗かせ笑う。
「キスしたことある?」
「…はぁ?」
どういういきさつでそんな質問が生み出されるのか。ザンザスにはまったく理解に苦しむ上に、何事かと黙って聞いていれば実にくだらない話であった。
呆れて言葉も出ない彼は近くのソファにどかっと腰を下ろし、そしていまだに自分から視線を外そうとしない少年を睨み据え、本当に面倒で仕方がないのだがきっぱりと言い放ってやる。
「くだらねぇ」
「…ちぇっ」
と、ベルは残念そうにザンザスの前で堂々と悪態をついた。それに暴君が手をあげることはなく、ザンザスはふと黙り込んでしまった
「…」
いつの間にかあのスクアーロと恋仲へと発展し、そしてその彼を幾度となく乱暴ともいえるやり方で抱いてきたわけだが、実のところスクアーロと唇を重ねたことはなかったりする。
理由を聞かれれば、それはまたわからないの一言に尽きるが、しかしスクアーロを抱きたいと思っても、その唇に触れようと考えたことはないのだ。
「…」
というように、そこまでが数日前の出来事なのだが、ザンザスはふと我に返って無意識に組み敷いているスクアーロを見下ろした。
この鮫は相も変わらず静かに寝息を立て、そして頭上のザンザスに気付く様子は微塵もない。
「…カス」
そしてまたも無意識のうちなのか、ザンザスはすっと手を伸ばし、例の唇に触れてみる。その手つきといったら、普段の彼からは想像つかない程のものであった
「…」
手で触れたいと思っても、それが唇で、となると何故か違和感を覚えた。男のソレと自分の唇が合わさる。その行為はザンザスにとって全く未知の世界に等しい
もし自分がスクアーロに口付けようとしたら?幸いこの鮫は深い眠りについていて喚き立てることはなし、拒絶されることもなし。といっても、彼が拒絶したあかつきには鉄拳が待っているだけなのだが。
「…」
ザンザスはスクアーロの唇に引き寄せられるようにしてゆっくりと顔を近付けていく。その動作は嘘みたいに丁寧で、いやに静かだ。
そうしてあと数センチに距離が縮まったところで、ザンザスはその紅い瞳を伏せた。が、しかし―‥
「な、にしてんだぁ?」
「あ?」
つい先程まで爆睡していたはずのスクアーロは、今やぱっちりと目を開けていた
後編に続く
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最近冗談なしにザンスクが枯渇してます。誰かどうにかしてくりゃれ。
H20/5/17(土)ツブテ