NOVEL
□祈り
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「………何なんだ、今のは」
頭の悪い夢を見た。
そこは、城のバルコニーの下だった。
雲一つない、晴れた春のある日。
正装をして頭上に佇む陛下と、その隣で微笑む、純白のドレスに身を包んだ女性。こぞって二人を祝福する人々と、少し離れた場所でそれを見る自分。
その視線の先で、爽やかな風が頭上の二人の髪をなびかせた。
不意に陛下の視線が泳いで、自分を捉えた。碧い瞳が細められて、眩しそうに、幸せそうに、彼が笑う。
自分は影を縫い付けられたようにその場を動けず、ただ弾かれたように頭を垂れた。
強い風に薄紅色の花びらが舞い、強い陽射しを気まぐれに遮って。くらりと、眩暈がした。
寝起きのけだるい体を起こして、乱れた髪を掻きあげる。軽く頭を振って、冷えた掌で額を押さえた。
深紅の厚いカーテンの隙間から白い月明かり。まだ朝の影も見えぬ、宵のうちらしい。
「……馬鹿らしい」
溜め息と共に吐き出した。
あれはたぶん…いや、間違いなく、陛下の婚姻のシーン。この国の長として、陛下がご自分の責務を果たされる日。
本来ならば、とうに済まされていていいはずの儀式だ。ピオニー陛下も御歳三十六。もう二十年も前から、国民の多くがその時を待ち望んでいる。
(喜ばしいことじゃないか。陛下は、いつも渋られるから…正夢になればいうことはない)
そうだ、喜ばしい瞬間。国を上げた祝祭に、もっとも相応しい日。
なのに……。
夢の中で自分は、臣下であり、一番に陛下の婚姻を喜ばねばならぬはずの自分は何を考えた?
陛下に並んで立つ女を、―――憎いと。
夢の中、自分の胸に浮かんだ感情。思い返して、胸の奥にズキンと痛みを覚えた。
「………ん…」
不意に背後で声がした。ついで、きぬ擦れの音。
視線をやると、傍らで眠っていたピオニーが寝返りを打ったところだった。
少し硬い金色の髪が、白いシーツの上を泳ぐ。滅多に強い日光になど当たらないくせによく日に焼けた肩が、緩やかに上下する。
眼鏡をかけないぼやけた世界の中で、そこだけが鮮明だった。
その碧い瞳は瞼の裏に隠れていて、まだ起きる気配もない。
ずっと、忘れたふりをしていた。囁かれる愛を享受して、何もかも忘れたふりをして、暖かな腕に寄り添っていた。
ずっとこのままでは、いられるはずもないのに。最初から分かっていたのに。
あの頃から、知っていたのに。