□『ごん狐』
1ページ/12ページ

       一



 これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。

 むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。

 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。

ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。

そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。

はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。

 或秋のことでした。

二、三日雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて穴の中にしゃがんでいました。

 雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。

空はからっと晴れていて、百舌鳥の声がきんきん、ひびいていました。

 ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。

あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。

川は、いつもは水が少いのですが、三日もの雨で、水が、どっとましていました。

ただのときは水につかることのない、川べりのすすきや、萩の株が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。

ごんは川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。

 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。

ごんは、見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。

「兵十だな」

と、ごんは思いました。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ