□おしの皇子
1ページ/12ページ
一
崇神天皇のおあとには、お子さまの垂仁天皇がお位をお継ぎになりました。
天皇は、沙本毘古王(さほひこのみこ)という方のお妹さまで沙本媛とおっしゃる方を皇后にお召しになって、大和の玉垣の宮にお移りになりました。
その沙本毘古王が、あるとき皇后に向かって、
「あなたは夫と兄とはどちらがかわいいか」と聞きました。
皇后は、「それはおあにいさまのほうがかわゆうございます」
とお答えになりました。
すると王は、用意していた鋭い短刀をそっと皇后にわたして、
「もしおまえが、ほんとうに私をかわいいと思うなら、どうぞこの刀で、天皇がおよっていらっしゃるところを刺し殺しておくれ。そして二人でいつまでも天下を治めようではないか」
と言って、無理やりに皇后を説き伏せてしまいました。
天皇は二人がそんな怖ろしいたくらみをしているとはご存じないものですから、ある晩、なんのお気もなく、皇后のおひざをまくらにしてお眠りになりました。
皇后はこのときだとお思いになって、いきなり短刀を抜き放して、天皇のお首をま下にねらって、三度までお振りかざしになりましたが、いよいよとなると、さすがにおいたわしくて、どうしてもお手をおくだしになることができませんでした。
そしてとうとう悲しさに堪えきれないで、おんおんお泣きだしになりました。