□人魚のひいさま
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人魚のひいさま
DEN LILLE HAVFRUE
ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen
楠山正雄訳
はるか、沖合へでてみますと、海の水は、およそうつくしいやぐるまぎくの花びらのように青くて、あくまですきとおったガラスのように澄みきっています。
でも、そこは、ふかいのなんのといって、どんなにながく綱をおろしても底にとどかないというくらいふかいのです。
お寺の塔を、いったい、いくつかさねて積み上げたら、水の上までとどくというのでしょうか。
そういうふかい海の底に、海のおとめたち――人魚のなかまは住んでいるのです。
ところで、海の底なんて、ただ、からからな砂地があるだけだろうと、そうきめてしまってはいけません。
どうして、そこには、世にもめずらしい木や草がたくさんしげっていて、そのじくや葉のしなやかなことといったら、ほんのかすかに水がゆらいだのにも、いっしょにゆれて、まるで生きものがうごいているようです。
ちいさいのも、おおきいのも、いろんなおさかなが、その枝と枝とのなかをつうい、つういとくぐりぬけて行くところは、地の上で、鳥たちが、空をとびまわるのとかわりはありません。
この海の底をずっと底まで行ったところに、海の人魚の王さまが御殿をかまえています。
その御殿の壁は、さんごでできていて、ほそながく、さきのとがった窓は、すきとおったこはくの窓でした。
屋根は貝がらでふけていて、海の水がさしひきするにつれて、貝のふたは、ひとりでにあいたりしまったりします。
これはなかなかうつくしいみものでした。
なぜといって、一枚一枚の貝がらには、それひとつでも女王さまのかんむりのりっぱなそうしょくになるような、大きな真珠がはめてあるのでしたからね。
ところで、この御殿のあるじの王さまは、もうなが年のやもめぐらしで、そのかわり、年とったおかあさまが、いっさい、うちのことを引きうけておいでになりました。
このおかあさまは、りこうな方でしたけれど、いちだんたかい身分をほこりたさに、しっぽにつける飾りのかきをごじぶんだけは十二もつけて、そのほかはどんな家柄のものでも、六つから上つけることをおゆるしになりませんでした。
――そんなことをべつにすれば、たんとほめられてよい方でした。
とりわけ、お孫さんにあたるひいさまたちのおせわをよくなさいました。