□大鈴小鈴
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それを阿知直という者が、すばやくお抱え申しあげ、むりやりにうまにお乗せ申して、大和へ向かって逃げ出して行きました。
お酔いつぶれになっていた天皇は、河内の多遅比野というところまでいらしったとき、やっとおうまの上でお目ざめになり、
「ここはどこか」
とおたずねになりました。
阿知直は、
「中津王がお宮へ火をお放ちになりましたので、ひとまず大和の方へお供をしてまいりますところでございます」
とお答え申しました。
天皇はそれをお聞きになって、はじめてびっくりなさり、
「ああ、こんな多遅比の野の中に寝るのだとわかっていたら、夜風を防ぐたてごもなりと持って来ようものを」
と、こういう意味のお歌をお歌いになりました。
それから埴生坂という坂までおいでになりまして、そこから、はるかに難波の方をふりかえってご覧になりますと、お宮の火はまだ炎々とまっかに燃え立っておりました。
天皇は、
「ああ、あんなに多くの家が燃えている。わが妃のいるお宮も、あの中に焼けているのか」
という意味をお歌いになりました。