剣
□ラストゲーム
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俺達が恐れていたのは。
終焉などでは、なかった。
視線が合い、眼鏡の奥の黒が俺を捕える。その口元がゆるりとつり上がる。
この瞬間、いつも、負けてしまうのは俺なのではないかという思いが頭をよぎる。
そんなこと、決してあってはならないのに。
目の奥が不自然に熱を持っている気がした。
馬鹿な。今更。
今更、何を哀しもうというのだ。
ベッドの脇に座っていた忍足が、俺の些細な異変を敏感に感じ取った。まだ温かいシーツの上に居るコイビトを見つめたまま、白々しい言葉を吐く。
「どないしたん。景ちゃん」
優しい声とは裏腹に、愉快そうに弧を描く唇。
確信した。
心配しているのではない。面白がっているのだ。
何も言えずただ黙ってその顔を睨み返す。そんな俺の虚勢を見透かすように、
ほら、と。
差し出されたのは、いつも俺を包む両腕。
「おいで」
ああ、試しているのか。試されているのか。
あの時と同じ様に。
あの時と、同じ瞳で。
陽が暮れた薄暗い部屋で、刻一刻と時間は過ぎて行く。こうしている間にも、このくだらないゲームは進んでいるというのに。
動けない。離せない。
どうして―――選べない。
気付かれないようにそっと。でも爪が食い込む程強く、拳を握り締めた。
―――俺を、利用しい?
コインの代わりに放られた、胡散臭い微笑み。戻れない一瞬。
かわすことも突き放すことも出来なかった。
総て、その底のない沼の様な瞳に見抜かれていた。
ひとりでしかいられないのに他人を求める。誰かに縋ろうとするのに誰をも信じない。俺もお前も、そんな風にしか生きて行けない人間だから。
衝動、焦燥、錯綜。そして迷走。
後に残るのは虚無だけだと知っていても。
甘い言葉を囁き熱い欲望に溺れ。己の愚かさに陶酔しては、触れ合う肌の下で、相手が潰れる日を息を殺して待つ。
勝って得るモノはない。
負けて失うモノもない。
この酷く自虐的な遊戯の、結末は、誰も知らない。
ギシ、と音を立て、腕を広げる悪魔にゆっくり近付いて行く。二本の腕が俺を搦め捕る。向かい合い抱き合うと、忍足が耳元で囁いた。
「景吾」
肌をなぞる吐息。這う様な低音に背中が粟立つ。溶け出す体温。
好きやでと。
愛してると、毒々しく甘い台詞が体中に絡み付いて。
もしかしたら、負けてしまうのは。いいや、そんなこと絶対。
俺が負けるなんて、絶対にあってはならないから―――。
微かな灯りの中、一瞬だけ見えた沼がまた俺を嘲笑った気がして、
かすれた喉から声を絞り出した。
「―――俺も」
そう。
このゲーム、負けるのは恋に落ちた方なんかじゃない。
この関係に耐え切れなくなって、別れを選んだ方だ。
だって、別れを選んでしまうということは。
ひとりでいるのを選んでしまうということは。
「俺も、愛してる」
それは、温もりを求めたのと、同じことなのだから。
END
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