□ヘヴンリー・ホワイト
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 温もりも微笑みも面影も、総て消えてしまえば良い。

 この雪の夜に―――。





 指先が微かに震えているのは、寒さの所為だと思いたかった。君の顔を真っ直ぐに見つめる事が出来ずに、目の前にある服のボタンに視線を下ろす。
 いつからだろう。別れが見えていたのは。永遠を信じなくなったのは。
 それでも、彼に惹かれてしまっていたのは。
 気付いていたのに離れなかった。知っていたのに触れ続けた。その代償を払う時が、今来たんだ。
 ―――僕達の終わりは、思っていたよりもずっと、ずっと早くやって来た。
 留学先の都合で、旅立つのが早くなったと。そう手塚から聞かされたのは数週間前の事だ。卒業式を待たず、手塚は今日、日本を後にする。
 せめて春が来るまで―――そんな縋るような願いさえ、神様は拾い上げてくれないのだ。
 空港まで見送りに行く事など出来るはずもない。彼が遠い地に行ってしまう瞬間を目の当たりにして、正常でいられる訳がない。だから、忙しい手塚に無理を言って学校まで来てもらった。
 君と出逢ったこの場所で。
 君との総てを、終わらせる為に。
 冬休みで誰も居ない学校に、二つの影が淋しく揺らぐ。

「荷造りは間に合った?」
「何とかな。必要な物はまた向こうで買う」
「そっか」

 泣く事は出来なかった。
 一粒でも涙を流してしまえば、そのまま渦を巻く感情に呑み込まれて、君をぐちゃぐちゃに壊してしまいそうだったから。
 他愛のない会話。それも長くは続かない。
 見上げた空は薄暗く曇っていて、泣けも笑えもしない僕達の様に曖昧だった。
 元気でね。がんばって。
 違う。
 忘れないから。
 違う違う違う。
 届けたい言葉も見付からなくて、沈黙だけがさらさら流れて行く。
 最後、最後なのに。この瞬間を迎えてしまったら、二度と元には戻れないのに。
 視界が揺れた気がした。
 何を、言えば良いんだろう。

「もう時間だ。そろそろ、行かなければ」
「そうだよね。―――じゃあね、手塚」
「ああ」

 元気でなと一言付け足し、手塚は身を翻す。
 そうして今までふたりで積み上げて来た総ては一瞬で終わりを迎え。また明日いつもと変わらず会えるかのように、僕達は手を振って別れを告げた。
 遠ざかる背中。今までずっと見続けて来た、強くて儚い、淋しい、その。
 彼が振り向かない事は理解っていた。
 小さくなって行く背中が瞳に焼き付く。
 僕の記憶は、そこからぷつりと途切れた―――。






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