□edge
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 強くあろうとする事こそが、

 弱さだと言うのなら。





「不二!」

 背後から、普段よりも一層厳しい声で名前を呼ばれる。狭い足場で両足を器用に入れ替え振り向く。
 青空を背景に、にこりと。絵画の様に美しく微笑ってみせた。

「何?」
「何じゃない。危ないからこっちに来い」

 フェンスを挟んで向かい合ったふたり。僕の背後には空、足元は限りなく不安定。
 手塚が眉間の皺をいつもより更に深くして僕を見つめている。その姿を見て、もう一度音もなく微笑った。

「大丈夫」

 そんなに心配しなくても飛び下りやしないよ。
 僕ひとりではね。
 墜ちる時は君も一緒だ。
 他に誰も居ない屋上。微笑みを残したままで、
 ゆっくりと右手を彼に差し出した。

「手塚もおいでよ」

 何もかも捨てて、楽になれるよ。
 そう囁いたのは僕か風か、それとも。
 指先が絶望を謡う。果てしない追憶。遠過ぎた未来。
 君の瞳が、一瞬、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

「楽になる事など望んでいない」

 それはきっと間違いなく真実で。
 そして、紛れもなく虚偽なのだろう。
 手塚がそう言う事は理解っていた。だから、伸ばしていた手をいとも容易く諦めた。
 君の身体に絡み付く茨の鎖。砂の冠が溶けて行く音に。
 零れるその破片をすくう事すら出来ないのは、僕が―――。
 もう一度体を返し空に向き直る。地平線に生えたビル。
 嗚呼、世界はこんなにも丸いね。

 僕の事が好きなら。
 自分を護りたいのなら。

 どうか、この手を取らないで。





      END


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