□色
1ページ/2ページ

 あんなにも望んだ色は、もう。





 赤く傾いた陽光が仄かな翳りを抱え、見慣れた部室を違う場所の様に染め上げる。
 昼と夜の狭間、頼りなく胡乱な空間に伸びる二つの影。
 柔らかな声が夕暮れに静かに溶けた。

「手塚」

 そんな声で俺を呼ぶな。
 戻れない自分に気付いてしまうから。
 それさえも巧く伝える事は出来ずに、輪郭のぼやけ始めた背中を見つめる。振り向いて欲しいと微かに願う一方で、
 振り向かれる事が怖いと―――そう思っている自分がいる事も事実だった。
 昏くなる空。深さを増した陰に茶色の髪が揺れ、焦燥と、焦げ付く様な衝動が俺を蝕む。
 何色にも喩えられない。
 どんな言葉にもならない。
 数少ない要素で創られた世界に音もなく降りたのは、酷く儚い色彩で。
 白い朝も青い空も。赤い日暮れも全て置き去りにして、俺を染めたのは他でもないお前なのに。

「そろそろ―――帰ろうか」

 夕影を背負い微笑うお前はもう、俺の知らない色。





      END


後書き→


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ