他部屋

□君の手に触れて
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『──できっぞ!』


本当なら死ぬほど悩んだって可笑しくない気持ちだったのに、自覚した時に最初に感じたのは、素直に“嬉しい”ってことだったんだ。

なあ、これって、すごくないか?


──巣山、








初めて会った時から頼りになるやつだなあと思っていた。
硬球経験があるからなのか、副主将として内野中心を任されたのは俺だったけれど、それがなければ巣山がなっていても可笑しくは無かったのではないかな、と今からでも冷静に分析出来る。
いつも落ち着いていて、そのくせ不意に無邪気に笑ったりする表情からは、不思議とどこか目を逸らせなくて、俺はいつも巣山を盗み見てるような気がするよ。

──まあ、そんなこと、気付いていないと思うけど。

「栄口、部活行こうぜ」
「ああ」

同じクラスの俺たちは部活内において二遊間を守るということでも同志で、普段から一緒にいることが必然的に多い。
俺より高い身長で、重いものを軽々と持ち、寡黙でありながらもユーモアに溢れるセンス良い彼──こう言うと、十中八九夢見てんなよ、と思われそうだが、これがあながち夢でないんだから驚きだ。
俺だって苦労してきたせいか、年甲斐なく大人びているとは言われるし力だって見た目よか全然あるけれど、体つきもすっかり大人に近い巣山なんてもう、みんなの頼れるお兄さんでしかないわけだ。

「すっやまー!」
「うお」

ほら、今日もまた。

「急に飛び付くなよ田島、巣山がコケたらどうすんだよ」
「巣山は花井と違うからコケるなんてマヌケなことはしねーだろ!」
「…田島、おま、喧嘩売ってるのか?」
「にしし!」
「いや、お前ら俺を挟んで睨み合うなよ…」

田島はおおよそ花井に絡む為だろうけど、しばしば突撃をかまして巣山に飛び付いてくる。
三橋も巣山には頼もしい視線をよく向けているし(ほら、荷物持つなって阿部に叱られる度三橋の荷物を持ってくれるから)泉や西広のようなしっかりした連中も巣山には一目置いているという訳だ。つまりは、

「はは、人気者だな、巣山」
「見てないで助けてくれ、栄口」

困ったように此方をみるその顔も、優しさが滲み出ているようなその声も、みんなの為に役立てるその身体も、すべて俺だけのものにしたいだなんて、…そんなことを思うくらいには俺、巣山のこと好きなんだからな。

そう、もうそろそろ、この気持ちを隠して置くことも、出来なくなってきたくらいに。





***





「巣山、今日の部活ミーティングだけだからさ、ちょっとその後ここで残っててくれる?」
「ん?ああ、分かった」

普通ならば、同級生にそんな放課後の教室というシチュエーションを用意された時点で何か感づいたりするのかもしれないけれど、生憎と俺たちは男同士なわけで、しかも俺は副主将なわけで、多分巣山は部活のことで話でもあるのだろう、くらいにしか思っていない筈だ。
けれど動かないその表情を見詰めながらも、そのことを悲しいとは思わない。だって俺は、一度だって、自分が男であることを悔やんだりしたことはないのだから。








「え、いま、なんて…?」
「…だから、巣山のことが、すきなんだよ………恋愛感情として」

今、オレンジ色の夕日が差し込む教室の中、俺の目の前で標準より小さめの目を丸くして驚いている巣山は、普段とのギャップが手伝って凄く可愛いことになってしまっている。
うっかりそれに零れるように笑ってしまうと、つられたのか巣山の硬直がとけたらしい。このまま沈黙が続くのも重たいし不毛なので此方も先程まで真剣な表情をしてたことが嘘のように、すっかり身体の力を抜いた。

「ほんとはさ、言うつもりなんてなかったんだけど…ちょっと伝えたくなって」

少しおどけたように、誤魔化すようにしながらも本心を俺が喋り始めると、巣山はその視線を真っ直ぐ向けて、紡ぐ言葉をただ誠実に聞いてくれる。それはいつもその場に一生懸命な、俺の大好きな巣山の姿で。

「普通はさ、こんな…同性のこと好きになるとかになったら、自分が女じゃないことを悔しがったりするのかもしれないけど…俺、巣山を好きになってから一度だってそんなふうに思ったこと、なかったんだ」

同じ男だったからこそ、出来たこととか感じることが出来た思いが、沢山あるから。

「同じ場所に立てて、チームとして同じように出来て…巣山と取ったダブルプレーとかさ、全部同じ男じゃなかったら、感じることなんて出来なかったと思うから」

もしかしたら、この気持ちですらも、同じ男でなければ抱かなかったような気もすることに苦笑して。
そう…だからこそ、気持ちを返して貰いたい、だなんて、大それた恐ろしいことは考えていないんだ。ただ、知っていて欲しいと思った。この想いを、この気持ちを、この───感謝を。


「ありがとう、巣山」


君を誇らしく思える、この気持ちを教えてくれて、ありがとう。
それだけで、本当に、本当に、充分なんだ。
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