愛玩少女

□09
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 遠くでまた一斉に床の震える音がする。放課後という時間が校内に賑やかさをもたらしたが、きっとそれも一時のことだろう。また一人、また一人といなくなるこの教室で、いろはは自身を呼ぶ声に振り返った。
「薫ちゃん」
「いろはちゃんも一緒に下まで降りようよ!」
 教室の入口で薫達が手招きをしている。いろはが慌てて駆け寄ると彼女達三人のみで、ちさとや悠里は既にいないようだった。
「あれ、ちさとちゃん達は?」
「今日は私達が忙しいってことで先に帰ってもらったの」
「忙しい……って、仕事?」
「うーん、何かよくわかんないんだけどね」
 家で召集が掛かるまで待機らしいと薫がそっと耳元で囁く。その横ではどこか不機嫌そうに微笑む紫穂がいた。
「なーんか納得いかないのよね」
 彼女はきっと皆本に会った際に透視するつもりなのだろう、胸の前で握り締められた拳がそれを雄弁に物語っている。何でも彼が別の任務に出ているらしく、それが気に食わないようだった。
「ウチらに言えんような任務って何やろ」
「あら、だからそれを透視してやるんじゃない」
「でもきっとまた服務規定違反に……って、ごめんいろはちゃん!」
「ううん……あの」
「え?」
「京介が、何かしたのかな」
 人通りの多い廊下でぴたりと歩く足が止む。そうしていろはは小さく俯いた。それに合わせて三人もふと振り返るが、紫穂だけははっと息を呑む。だがそれを気取られないように唇を噛み締め、いろはから視線を逸らした。
「それはないやろ?もしそうやったらウチらに出動命令が――」
「葵!」
 それは確かにその通りで、パンドラが動くならチルドレンが出ると会議で決定した。だがそれをいろはに聞かせるのもどうかと思う。いろははパンドラの人間なのに、その覚悟を強いることはどうにも出来なかったのだ。


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