タユタ

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 地下五百メートルに潜る日が来る事を、あんなに空が近付いた部屋で過ごす日が来る事と同じ位想像しても見なかった。言い表せない妙な感覚と共に、エレベーターは下へと向かう。それは長い道程で、長い沈黙だった。きっと普段ならそうではないのだろうが、時間というものは不思議なもので、人の気分次第でその長短を自在に変える。
 不快に耳を支配するのは気圧の変化と静かな機械音で、狭い箱の中に共に閉じ込められている不二子は口を閉ざしたきりだった。
 京介との面会を――真木や薫達を帰らせ不二子のところへ向かったいろはが先ず口にしたのはそれだった。不二子は最初きちんと顔を合わせるようになったいろはを喜んだものだが、それを聞いて直ぐにその態度を改めた。
「――何言ってるの」
「だから、京介さんとの面会をお願いしているのです」
 険しい表情でぎっと睨む不二子に対し、いろはの表情は変わることなく涼しげなものだった。
「駄目よ、会ってどうするっていうの。恋人に会いたいが為の面会なんて許されるわけ――」
「お話が、あるんです」
 それは不二子さんがずっと望んでいらっしゃった事でしょう。そう張り付けたような笑顔で微笑んだのは、僅か一時間前にも満たない。下りのエレベーターの中で、いろははそっと自分の頬に触れた。


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