タユタ

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 兵部京介が捕まった――そのニュースは夜が明けるとともに、バベル内を駆け巡る。エスパー史上最悪の犯罪者で敵対組織の首領の逮捕に、上層部は朝から様々な対応に追われている。書類作成に掛かり切りになる者もいれば、独房の監視を行ったり、彼が中で超能力を使えないよう対策を講じる部署もある。またパンドラが攻撃して来る事も想定し、対兵部とは別に警戒を強めなければならなくなった。そのようなバベルにとって今日はここ数年で一番忙しい日であるだろう。
 そのような喧騒が一切届かない場所で、いろはは目覚めた。
「……私――」
 瞼が重い。目を擦りながら体を起こせば、そこは一週間を過ごした自室ではなかった。広いベッドの上で辺りを見渡すと、他には様々な機械のあるこの部屋に見覚えがあることに気付く。
「ここ、不二子さんの――」
 どうしてここに、そう訝るまでもない。いろはの脳裏に昨日の記憶が蘇る。割れる窓硝子、初めて見た超常能力者の戦闘、目の前に倒れる京介――それは昨夜の、惨劇の記憶。
 そうだ、彼は結局逮捕されてしまって、それから?どうして?酷く痛む頭の中を様々に駆け巡るのはやはり京介の事だ。もう温もりの戻らない手を頬にやれば、そこに残るのは幾筋もの涙の跡だ。そうしていろはは昨夜の出来事が夢でない事を実感する。
「京介さん――」
 きっと私はとんでもない事を仕出かしてしまったのだ。
 自分の無力さを幾ら恨んでも恨みきれない。頭よりも唇よりも痛むのは、息も出来ない程締め付けられる胸だ。早鐘のようなこの心臓が止まってしまったなら――立てた膝に顔を埋め耳を塞ごうと、涙は涸れない。
 突然、そんな彼女を優しく呼ぶものがあった。


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