タユタ

□09
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 例えば彼女がいなくなることで僕の中に何か変化があるなんて考えても見なかった。それどころか僕は彼女すら見捨てられると信じていたのだ。そう――殺してしまうことだって、出来ると思っていた。所詮はノーマルとエスパー。それはどんなに願っても越えられない壁で、何も救わない。
 そう思って、いたのに。

 部屋に戻ると明かりが点いていない。太陽の光がネオンのそれに劣り始める時間帯、最初の異変はそこにあった。
 京介は帰宅が少し遅くなったことを詫びようと、今朝この部屋に置いて行った少女の姿を探す。恐らく昼寝でもしているのだろうと寝室やソファを覗き込むが、それはどこにも見当たらなかった。
「……いろは?」
 どくん、と心臓が強く脈を打つ。気のせいだと思おうにも、それは激しく胸を打った。想像だにしていなかった事態に、京介は部屋のテーブルに触り痕跡を確かめようとする。そこに見たのは、躊躇いながらも上着を手にするいろはの姿だった。
「――外か!」
 いつもならこれくらいのことなど幾らだって予想できるのに、歯痒い思いで京介は開けたままの窓から人工的な光に包まれ始めた外へと飛び出す。見下ろす世界に、この心臓の音など届かない。
 冷静さを失っている自分に、京介は気付かないでいた。覚悟していたつもりだったのだ――彼女と道を違えてしまうことも、……最悪自分が見捨ててしまうことも。
 しかし今、考えても見なかった途方もない絶望感が京介に襲い掛かろうとしている。信じたくないその事実に、彼が拳を握り締めた時だった。


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