タユタ

□08
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「……真木さん、何であんなこと言ったんスか」
「何のことだ」
「少佐の恋人も連れてこっちに帰って来いって……」
 別に反対してるわけじゃないけど、と尻すぼみになりながら葉は呟いた。
 京介は部屋の準備を終え、つい今しがたここを後にした。もう日は暮れ始めた頃で、開け放つ窓から涼しい風が舞い込んでくる。
 真木は少しの沈黙の後、静かに口を開いた。
「……何故その少女が眠りに就いていたか、わかるか」
「それは、死にかけていたからじゃ――」
「何故死にかけた少女を、何十年も大事に眠らせ続けたんだ」
「それは……」
「俺は、その少女が"偶然"少佐の恋人だったとは思えない」
 その真木の言葉に、葉ははっとしたように勢いよく立ち上がる。先程からずっと引っ掛かっていた疑問にぴたりと当て嵌まった。
「……まさかバベルの奴ら、知ってて――」
 恐らく、いや、確実にそれを知っていたからこその冷凍睡眠だったのだろう。来るべき時のため、静かに眠りに就いていたのだ。
「……だからこそバベルに奪われるわけにはいかない。その少女はさしずめ――鍵だ」
 そう、混沌の箱を封じてしまいかねない、運命の鍵。それは当の本人も想像していないだろう程綺麗に、彼の心に誂えられていた。
 今、その鍵が天から舞い落ちた――それが奪われたとき、全てはいとも簡単に崩れるだろう。それだけが堪らなく恐ろしかった。


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