ハナミズキ

□06
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「少佐遊びましょー……って、何やってるんですか?」
 数度の弾むようなノックの後、返事を貰って入った部屋はいつもより格段に殺伐としていた。
 机に向かい色々な紙を見比べてはペンを走らせているこの部屋の主、京介の表情はいつにも増して真面目なものだ。そうして五日間の出張から帰って来た昨日よりも明らかに生気がない。
 これはまずいときに来ただろうか、部屋の入り口をちらと見遣る彼の冷めた視線に、いろはは思わず胸を高鳴らせた。
「いろはか……何って、仕事だよ」
 けれどそれも束の間のこと、扉の前に立ついろはを認識すると京介はペンを置いて大きく息を吐く。その口角が僅かに上がったのを見る限り、どうやら文字通り息抜きにはなったらしい。
 彼の机の上には紙の束がところ狭しと散乱していて、内容は分からないが何かがびっちりと書き込まれている。京介が手にしていた紙を、その白と黒が入り乱れる世界へ雑に放り投げた。
「え、帰ってきたばかりなのに?」
「帰ってきたばかりだからだってさ……ったく、真木は人使いが荒いよな」
「――こうなったのも一体誰のせいだと思ってるんですか!」
「ぎゃっ!」
 ふう、と京介が溜め息を吐いた瞬間に部屋の扉がそれは大きく開かれた、怒声と共に。背後でのその騒音にいろはは思い切り肩を竦ませ飛び上がる。先程とは違う意味で高鳴る胸に、息さえも忘れてしまう程だった。
「ま、真木さんノックして……」
「書類仕事だってまだたくさんあるんです、少佐にもこれぐらいやっていただかねば……」
「うるさいなー、やってるだろ」
 それだというのに小言を言われている筈の京介は、来客が増えたことでとうとう集中力が切れたらしい。真面目な表情はどこへやら、駄々をこねる子どものように唇をつんと尖らせる。指は器用にペンをくるくる回しているし――だがそんな様子でも本当に終わったものは終わったらしい、一センチ程になる紙の束を真木に向かって乱暴に突き出した。それでも机にはまだそれと同じくらいの量の紙が散らかったままだった。


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