ハナミズキ

□03
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「――大体少佐にはパンドラの長としての自覚が……」
「あーはいはい」
 真木が京介を捕まえてお説教しているのは今日が初めてではない。どころか、週に何度も見られる何のレアリティもないありふれたイベントである。けれどこの日ばかりはひょっこりと顔を出した自分を誉めてやりたいと思った。
「――少佐?」
 波の音の心地よい船上で大好きな人の声がする。いろははおはようございます、とにこやかに手を振りながらその声のする方へ駆け寄った。
「やあ、おはよういろは」
「いろはか、済まないが今……」
「またお説教ですか?今度は何したの」
 頭を抱える真木の言葉を遮りいろはがポケットへ手を突っ込んだままの京介へそう尋ねると、彼はまさか、と軽い調子で笑って見せた。
「何って、僕は何もしてないよ」
「……何もしていないから怒ってるんでしょうが!」
 それはごもっともだ。確か昨日は仕事で幹部と京介が外出していたのだが、何故か京介だけがさっさと帰って来た。手にはきちんとお土産なんて小粋なものまでぶら下げて。
 まあいろはとしては彼や皆と一緒に遊べたのだから言うことはないのだけれど、真木にすればとんでもない話だ。
「……なるほど」
「少佐、今日という今日はしっかり仕事をしていただきます!まずは――」
「あ、そうだ」
「え?」
 どこからともなく書類の束を取り出す真木の苦労はきっと間もなく掻き消えるだろう。いろはの腕がぐっと引かれ、それが何なのか頭で理解する前に、黒い学生服にぶつかった。次いで聞こえる真木の間の抜けた声、あんまり突然のことながらもコンマ一秒の世界の中で見上げることが出来たすぐ傍の彼は、勝ち誇ったように笑っていた。
「僕、いろはと約束があるから」
 じゃあね。京介はそう真木へと手を振ると、お得意のテレポートで姿を消してしまったのだった――いろはの腕を引いたまま。
「なっ、……少佐!」
 私は何も約束なんてしてないよ、信じて真木さん。そんなことを思ったような思っていないような、とりあえずきっと次に会うときにはしこたま怒られるのだろう。数時間単位も覚悟しておかなければならない。
「助かったよ、いろは」
 でもそれもあなたとなら悪くない――安堵したように微笑む京介に、いろはもまた大きく頷いた。


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