愛玩少女

□16
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 月の光しか届かない薄暗がりの中で、いろははうっすらと目を開く。その瞬間を京介はその傍らで、今か今かと待っていた。
「――起きたかい?」
 待ちくたびれたよ、とそういろはの額を撫でるが彼女は未だこの状況が理解出来ていないらしい。しかし視線だけをぐるりと動かしてそこが見知った部屋――船内にある京介の自室だということに気付くと、いろはのぼんやりとしていた瞳が僅かな蒼い光の中でもわかるほどに揺らめき始めた。
「……きょう、すけ……?」
「おかえり、いろは」
「なんで……ゆめ、なの?」
「夢でも幻でも何でもないさ。君は本当に帰って来たんだよ、いろは」
 いろはと同じベッドに腰掛けた京介は彼女の手を取り自らの頬へと導く。たった一日ぶりだと言うのにその温もりがどうしようもないほど胸を締め付けて、そうしてまたひとつ過ちを知った。
 京介、といろはが触れた頬から彼の首へと腕を回して起き上がり、すがるように抱き付いたのだ。ぎゅっと強く、いろはは京介の首元に顔を埋める。ふわりと彼女の香りが鼻腔を擽るものだから暫くそれを懐かしんでいたが、震えるいろはの肩に気付いた京介は再び彼女の髪を撫でた。
「きょ……すけ、京介……!」
「……不安にさせたね」
 触れた箇所からいろはの感情が洪水の如く溢れ出す。その想いの純粋さと言ったら――ああ、憎たらしいあの青年の言う通りだ。手遅れなのだ。


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