Library B

□くだけてものを、思ふころ
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香には先に帰ってもらって。
久しぶりに入った、毛利のお館。そして、おかた様のお部屋。

顔に白い布を被せられ、そのお姿を見ても、それがおかた様だとは信じられなかった。

祀さまと2人、お線香をあげて手を合わせる。

「…元春と隆景は?」

しばしの空白の後、祀さまが呟かれた。

「隆景は、知らせを受けてすぐやって来ました。今は、元春と共に葬儀の支度を…迎えをやったから、すぐに来るでしょう」

お兄上のお言葉にも、祀さまは力なく生返事をされるだけだった。

「わたしも、少し失礼します。朱雀殿、祀をお願いしますね」

「はい、わかりました」

隆元さまが部屋を出て行かれると、祀さまは急に顔を伏せられた。

「あの、祀さま、ご加減が悪いのなら、その…」

「そうではないわ。でも…おかしな話ね。ここへ来るまで、母上が亡くなられたなんで、心のどこかで嘘だと思っていたのよ。そんなわけないのに。
信じていなかった…いえ、信じたくなかったのだわ。貴女なら、わかるでしょう?」

時々嗚咽でかすむ、祀さまのお言葉。
…私は、その手に自分の手を重ねて、ただ頷いた。

「ねえ朱雀殿、わたくしたちは似ているのよ。
気が強くて、腕が立って、男より強い…決して、可愛くはないわ。
だから、母上も貴女を娘のように思っていらしたのだわ。そう思わない?」

「…はい」

思えば、弟君2人とは共に遊んだが、祀さまの遊び相手をしていたことは殆どない。
同じようなものを欲しがっては、喧嘩になるから。

そんな私たちを、おかた様は優しく諭して下さった。

「でも、おかた様はおっしゃって下さいました。『朱雀殿は、ご自身が思われるよりずっと魅力的な女性ですよ』と…」

「そうね。わたくしにも、よくそう言って下さったわ…。
今ほど、その言葉が聞きたい時はないのに。女には不要な所ばかり、父上に似て。
こうして、宍戸の家臣とは揉めてばかりよ」

祀さまは、毛利家が宍戸家と和解した際、その証しとして宍戸家へ嫁がれた。
毛利家ほどのお家となれば、娘が婚姻に関して自分の意見を言うことなど許されない。

「でも、宍戸隆家さまは、お優しい方とお聞きしておりますが…」

「そうね。優しい方よ。でも、それだけ。ずっと変わらないわ。
…当たり前よね、わたくしの方が、近寄ろうとしないのだもの。
もう少し、素直さというものを持って生まれてくれば良かったものを…」

目元を覆いながら、祀さまは静かにそうおっしゃった。
先ほどまでの、威勢の良いいつもの祀さまではなく。

「貴女も、嫁いだらそう思うことでしょうね。覚悟しておいた方が良いわ。所詮、女は家を繋ぎ、子を産むために存在しているのよ」

「…心得ておきます」

これらの言葉は、他でもない祀さまの素直なお言葉。
そして、いつかは私の身にも起こることだろう。

おかた様が生きていて下さったのなら…私は、約束の5年後である今、どんな話をしたのだろうか。




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