Library B

□くだけてものを、思ふころ
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あれは、私がまだ11歳の頃。あの、雪合戦の直後だっただろうか。
次郎殿や徳寿丸殿は、また雪の中へ遊びに行ってしまい、私はおかた様に書を教えて頂いていた。

「朱雀殿は、本当にのびのびと字を書きますね」

私の書いた字を見ながら、おかた様はそうおっしゃった。

「とても元気が良くて、よいことです」

「はい。ありがとうございます」

おかた様は、特別美人というわけではない。
それでも、その優しさと温かさは、何にも勝る美点で、高貴でありながら親しみやすく、どんな人でもおかた様には敬愛の念を抱かずにはいられないだろう。
私はそう思っていたし、こうなりたいとも思っていた。

元気が良すぎて、慎ましさの欠片もない私には、所詮無理なことかもしれないが。

「ところで朱雀殿、わたくしの息子たちについて、どう思いますか?」

「どう…とおっしゃいますと?」

私が聞き返すと、おかた様は微笑んで「次郎と徳寿丸について、ですよ」とおっしゃった。

「朱雀殿から見て、2人はどのような人間でしょう?」

「ええと、その…なんと申し上げたら良いのか…」

突然そんなことを言われて、困っている私に、おかた様は「どうぞ、思った通りに」とおっしゃる。

「そう、ですか…。次郎殿は、皆を引っ張っていくのが本当にお上手で、大将向きの方です。徳寿丸殿は、策を考えるのがお上手で、大将というよりは軍師にお向きかもしれませぬ」

「なるほど…他には、どうですか?」

「ええと、それから…次郎殿の方が、大胆に見えて意外と繊細な方です。逆に徳寿丸殿は、繊細そうに見えて大胆な行動に出られる方で…えっと、それから…」

他に、これといったことが思いつかなかった。
困る私を見て、おかた様はくすくすと笑みをこぼされた。

「朱雀殿は、まるで殿方のような目をお持ちなのね」

「そう…でしょうか…?」

「ええ。さすがです。では、例えば…夫とするなら、次郎と徳寿丸どちらの方が良いかしら?」

あまりに唐突な問いに、私は「えっ?」と持っていた筆を落としてしまった。

当たり前と言えば当たり前。
2人は私にとって遊び友だちであり、夫婦になるつもりなど全くなかったのだから。

「例えば…目鼻立ちは、徳寿丸の方が整っていますが、次郎の方が背は高くなるでしょうね。
親方様の子ですから、どちらも愛妻家になるでしょうが、徳寿丸の方が家のことで口うるさくなるかもしれません。
次郎は、ああ見えて繊細ですから、子どもがもう一人いるみたいなことになるかもしれませんが…」

「さすがはおかた様、お2人の将来が見えていらっしゃるのですね」

私は素直にそう納得したが、おかた様は「それが、母というものです」と当たり前のようにおっしゃった。

「朱雀殿が、息子のどちらかのお嫁さんになってくれたなら、わたしくしも安心するのですが」

「えっ?!」

突拍子もない話に、私は息を詰まらせる。
しかし、おかた様は本気でそうおっしゃっているようで、「もちろん、朱雀殿が宜しければ、ですけれど」と続けられた。

「太郎は内向的な性格ですから、下の2人の方が良いでしょう。やはり同じ年ですし、次郎の方が良いかしら」

「ええと、その…朱雀で、よろしいのですか?」

あまりの展開に、頭がついて行けなかった。
そんな私に、おかた様は「あまり、ご自分を過小評価するものではありませんよ」と。

「朱雀殿は、ご自身が思われるよりずっと魅力的な女性ですよ。
そうですね…あと5年ほどして、もしも息子たちのどちらかと夫婦になってくれる気がおありなら、その時またお話しましょう」

「ええと…はい、ありがとうございます」

あの後私は、どうにも気恥ずかしくて、一心不乱に墨を擦り続けた。


―思えば、あれから5年。ついぞ私は、おかた様のお目にかかることはなかった。




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