Library B
□くだけてものを、思ふころ
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香と共に、夜道を進んで毛利のお館に着いた時には、静寂でありながら大勢の人の気配があった。
本当に亡くなられたのだと、今更になって実感が湧いてしまい、胸の奥が痛くなる。
「朱雀さま、大丈夫ですか?」
隣で香が気遣ってくれる。私は背筋を伸ばし、「大丈夫です」と深呼吸をした。
おかた様の御前で、情けない様は見せられない。
それでも本当は、気を抜いてしまえば、そのまま泣き崩れてしまいそうだった。
「いいから、そこをおどきなさい!」
突然背後から、空気を斬るような叫び声がして、私は思わず振り向いた。
闇夜の向こうから、提灯の明かり一つで、早足で歩く女性。
その背後から、数人の世話焼きらしき女性が、必死になって付いてくる。
「ですから、せめて裏口からお入りになって、表から参列されるのはよされた方が…」
「くどいわね。このわたしを誰だと思ってるの!天下の毛利元就の娘よ!!」
帯を巻き付けた状態でも、その人が身重であることは分かった。
子を宿した身体で通夜に来るというのは、確かに縁起の良いものではない。
その声には、確かに聞き覚えがあった。提灯の明かりでも顔が分かる場所まで来て、やはりそうだと確認する。
「祀(まつり)さま!」
思わず駆け寄ると、向こうもこちらを確認して、「あら、これは」と口論をやめる。
「熊谷殿のご息女、朱雀殿。久方ぶりね」
「はい、祀さま。御無沙汰しております」
毛利元就公のご息女、祀姫。
隆元さまの妹娘で、元春様の姉上様。
そして、現在は宍戸家の当主・宍戸隆家殿のご夫人。
「このたびのこと、心よりお悔やみ申し上げます」
「ええ。そうね。他でもない貴女だもの、来てくれると思っていたわ」
祀さまはそうおっしゃって、付き人の方を振り返ると、「ほら、家臣のご令嬢がいらしているというのに、実の娘が行かぬとは、なんたる無礼なの!」ときつく言いつけられた。
「身重だからと言って、通夜に行くなと言うのよ。朱雀殿、貴女からも何か言ってやってちょうだい」
「ええと…あなた方は、祀さまの侍女ではなく?」
巻き込まれたとはいえ、私が口を出して良いような状況ではないと思う。
彼女たちは、「宍戸家に以前からお仕えしている者です」と答えた。
「お子様に何かあっては困りますと、何度も申し上げているのですが、奥方さまはまったくお聞き入れになりません…」
「何度も言ったはずよ。子どもなど、これから何人でも産めます。でも、わたくしの母は、亡くなられたこの方だけなのよ!」
ごもっともな意見。しかし、それに黙っている使用人たちではなかった。
「されど、そのお腹のお子様は、宍戸家の子です!何かあっては困ります」
「何もあるわけないでしょう!そのような迷信に、毛利の二文字は屈しません!!」
どこから来る自信なのかは分からないが、祀さまはそう言い切られた。
矜恃の高さは、間違いなくお父上譲り。
おかた様の柔和な雰囲気は、まるで受け継がれていない祀さまに、一歩も引き下がらない彼女たちも、大したものだ。
横目で香を見ると、どうしていいのか分からずに、困り果てていた。