頂き物絵&小説

□【頂き物】簀子にて
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いつものように庭に面した簀子で、晴明と博雅は酒を飲んでいた。

荒れ野のような庭に草木の緑は既になく、ただ枯れ色が寂しげな佇まいを見せている。

ふと、盃を口に運ぶ手を止め、博雅が溜め息を吐いた。

「どうした、博雅」

「いや、すまん」

無骨だが、どことなく愛嬌のある博雅の貌はうかない。

「おれはな、晴明」

「ああ」

「寂しいのだ」

「寂しい?」

「ああ」

博雅は答え、庭に視線をやった。

「つい先頃までは、この庭も色鮮やかだった」

「ああ」

「それが今は、本当に荒れ野のようではないか」

「そうか。だがな、博雅よ」

「何だ、晴明」

頷いた博雅だが、すぐに慌てて言葉を継ぐ。

「あ、いや、待て。呪だの何だのというややこしい話は止してくれ」

「嫌か?」

赤い唇に仄かに笑みを浮かべつつ、晴明は博雅を見やった。

「嫌ではないが、苦手なのだ」

「では、止そう」

晴明は笑みを深め、瓶子を持ち上げる。

「飲め」

「うむ」

互いに黙ったまま、酒を注ぎ注がれながら、二人は盃を干す。

会話はない。

火鉢の中で、炭の立てる小さな音だけがすべてであった。

やがて、鉛色の天からひとひら、白いものが舞い降りてくる。

「晴明、雪だ――」

興奮を抑えきれない表情で、博雅が声を上げる。

「ああ」

その声に、晴明も天を見上げ頷いた。

降り始めた雪は勢いを増して、枯れ色の庭を白く染め替えていく。

つもりゆく雪を眺めていた博雅が盃を置き、懐から笛を取り出すと吹き始めた。

凍てつく夜気すら溶かすように、博雅の柔らかな笛の音が流れていく。

盃を手に、唇に微笑を浮かべたまま、晴明は、その類い希な音色に耳を傾けた。

雅やかな闇の世。

飄々と流れ行く雲のような陰陽師と、天に愛される楽の才人。

二人のささやかな酒宴はいつ果てるとも知れず、ただ、互いの心の赴くままに――。





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